今回は東野圭吾作品である『仮面山荘殺人事件』を取り上げます。東野圭吾氏は推理小説というよりは小説全般において類稀なる才能を発揮するモンスター級小説家という印象が強く、例えば『容疑者Xの献身』や『秘密』などは数々の賞を受賞し映画化もされるほどの傑作として知れ渡っています。この『仮面山荘殺人事件』は特に何か受賞歴があるわけではありませんが、調べた限り第4回「このミステリーがすごい」(1992年)の一次選考で30位、という順位を残しているのみとなっています。とはいえ、ミステリー界隈ではかなり一目置かれる作品であり、時間が経ってから舞台化も決まったようで、ミステリー好きなら手に取ってみるべき作品の一つかと思います。
目次
『仮面山荘殺人事件』東野圭吾
どんな作品か
タイトルにもあるとおり、とある山荘に主人公が色々な経緯で行くことになるのですが、宿泊中の山荘に強盗が現れるというとんでもないトラブルが発生します。山荘の宿泊者全員が強盗らに拘束される中、なんと殺人事件が起きてしまいます。いやはやどうなってしまうのでしょうか・・・。
8人の男女が集まる山荘に、逃亡中の銀行強盗が侵入した。 外部との連絡を断たれた8人は脱出を試みるが、ことごとく失敗に終わる。 恐怖と緊張が高まる中、ついに1人が殺される。 だが状況から考えて、犯人は強盗たちではありえなかった。 7人の男女は互いに疑心暗鬼にかられ、パニックに陥っていった……。
【ネタバレなし】何が面白いのか
読みやすさは随一
まず何といっても本書の話の読みやすさは格別だと思います。一般的に小難しい事件背景や関係者の複雑な関係描写などで辟易することが多いミステリー小説ですが、本書の事件背景や話の展開は極めてわかりやすく、順序立てて一つ一つ事実関係が明確にされる物語はあらゆる読者層に向けて書かれているのではないか、と錯覚してしまうほどスイスイと読めてしまうものになっています。
また、もう一つこの作品を推す理由として、話の展開に一気に引き込むストーリーを挙げざるを得ません。物語は、仮面山荘に訪れる主人公・樫間高之の視点で描かれ、3か月前に事故で亡くなった彼の婚約者・森崎朋美の死に関する謎について様々な事実が明かされる一方、突如山荘に侵入してきた強盗による非現実的なパニックの模様が同時に繰り広げられます。
話の展開はもちろん文章の読みやすさも相まってあっという間に結末まで一気に読んでしまうことでしょう。そんな作品です。
完全に騙された人、多数
この作品には大きなトリックが仕掛けられています。推移小説なので当然です。もちろんそれが物理トリックなのかその他のトリックなのかネタバレになるため言及できませんが、かなり多くの人がこのトリックにスカっと騙されてしまったことは間違いありません。探偵目線で事件の解決に取り組むのも良いと思いますし、純粋に騙されることを楽しんで読む(私はこっち派)のもきっと良いと思います。そういう意味でこの作品はミステリー初心者含め、様々な方にお勧めできる作品でしょう。
以下ネタバレ考察。必ず本を読んだ後にご覧ください。
【ネタバレあり】全体的な感想
東野圭吾作品は「手紙」「秘密」「容疑者Xの献身」など超有名作品ももちろん好きなのですが、この作品はそれに負けず劣らず大好きな作品となりました。こんな綺麗で見事なミステリーはなかなかないと言いましょうか、プロットの見事さに脱帽してしまうそんな作品です。
森崎朋美を殺したのは、結末だけ書くとそれは自殺だった、のですが、その背中を押したのが”主人公・高之が故意に入れた睡眠薬のカプセル”であり、それに気づいた朋美はその高之の行動を悟った上で、”容疑が高之に向けられないように薬を破棄した上で自ら命を絶つ”という本当に悲しく、主人公の人間的醜さに胸糞が悪くなる話なんですよね。
最期には、仮面山荘での一連のできことがそもそも劇であり、お芝居として話が展開されていたことが明かされます。いずれも高之が本当に朋美を殺そうとしたのか、事実を確かめるために森崎家が一丸となって仕掛けた罠だった点も被害者家族が抱えた苦しみを感じさせてこの物語の切なさを助長している気がします。
一方で、推理小説としては終盤の”高之が朋美の父・森崎伸彦の首を絞めるシーン”でぎょっと驚かれた方も多いのではないでしょうか。私も頭の中では「主人公=犯人説」は当初抱いていましたが、途中の朋美殺しの議論において、本人に殺しの自覚がない(そもそも睡眠薬が見つからなかったことで高之自身に殺しの自覚がなかった)というトリックにまんまと騙されてしまいました。終盤の”あっ”という驚き、そして仮面山荘で起きていた一連の不可思議な強盗犯立てこもり、雪絵殺しの展開もすべてお芝居で高之を騙すためのワナだったという展開は読んだあとのスッキリ感までも与える中々のインパクトを持った小説と感じました。
”一部都合よく出来すぎている”や”朋美殺しのエピソードが薄い”という指摘をする人がいますが、小説全体のスピード感が冗長になる点や無駄なミスリードにより全体の余計な尺ができることを考えると、小説の構成は文句の付けようがない完成度のように感じます。いずれにせよ当時から東野圭吾の傑物たるや、本作品が驚くべき小説であることは間違いないかと感じる作品でした。
【ネタバレあり】伏線と考察
すべて高之の真意を確かめる全員掛かりの芝居
山荘に突然現れる強盗、かき消されるSOS、山荘内で起こる殺人事件、いずれもが予め台本によって決められていたお芝居だった、というのが本作品のオチとなります。
もちろん本編を読んでいる最中にはその事実に気づくことはなかなか難しいのではないでしょうか。それに気づける人もいるのかと思いますが、私は「こんな偶然あり得るのか?」と呼べる状況にもかかわらず、本当に強盗が山荘に押し入ってきていることや雪絵が殺害されたという事実を鵜呑みにして、最後のラストシーンで衝撃を受けました笑。
朋美の事故死の謎
高之の婚約者・森崎朋美は当初、事故死と考えられていましたが、物語途中で誰かに殺害されたのでは、という疑惑が浮上します。しかしながら、最後は朋美の自殺であったことが明かされます。いくつか重要な事実関係を整理しておきます。
- 高之は朋美のピルケースに睡眠薬を故意に入れた
- 事故直前に雪絵と会おうと誘ったのは朋美の方だった
- 雪絵と会ってからも、朋美はなかなか本題に入らなかった
- 朋美は雪絵の前で睡眠薬を飲もうとしたが、雪絵に薬が異なることを指摘され、結局その薬を飲まなかった
(その場で雪絵から鎮痛剤を二錠もらった) - その後、雪絵と話をしているにもかかわらず、朋美は上の空の状態だった
- 朋美はピルケースの睡眠薬を破棄し、普段の鎮痛剤(雪絵からもらった鎮痛剤)に戻していた
いずれもラストシーンで明かされる事実なのですが、この事実関係を見ると、なぜ朋美が自殺をしたのか、なぜ高之に殺害の疑いがかからなかったのかがわかります。
また、ここからは憶測ですが、事故直線に雪絵に会おうと誘った段階で朋美は睡眠薬に気づいていたかどうかは本文で若干曖昧にされています。つまりは雪絵の指摘で、初めて睡眠薬の存在に気づいたのではなく、それ以前から睡眠薬だと気づいており、自殺を決意した状態で雪絵に会っていたと思われます。
(おそらく会う直前の段階では、睡眠薬は「高之一人の犯行で仕掛けられたものなのか」または「高之と雪絵の二人の犯行で仕掛けられたものなんか」という漠然とした考えがあったのだと思います。そうでなければ雪絵と会う用事を作らないため。)
その後、雪絵に会い、雪絵の目の前で睡眠薬を飲むことで、事故で死んだ際に恋人(の気持ち)を奪った雪絵に容疑がかかることになります。ただ、その行為は雪絵自身の指摘で止められたことで、睡眠薬を故意に入れたのが、「高之」単独の考えによることを悟り、その事実に絶望し朋美は睡眠薬を破棄した上で自殺する行動に至りました。
なんて悲しいんでしょう、話を考えるといたたまれない気持ちにならざるを得ないと同時に、小説の中の真実が二重にも三重にもその事実を隠され、最後に明るみになる仕掛けの凄さにも驚きますね。
仮面の意味
仮面に見下ろされながら高之はドアを開いた。その瞬間不吉な予感が胸をかすめたが、それは無論、何の根拠もないものだった。
仮面山荘殺人事件 P.16
高之が宿泊する山荘のドアの入口を通る際に、木彫りの仮面が取り付けられていることを確認しています。
別荘を出る時、誰かに見られている気がして振り返った。だが後ろには誰もいなかった。そしてここに来た時たしかにあったはずの、例の仮面はすでに取り外されていた。
仮面山荘殺人事件 P.286
ラストシーンにて山荘から追い出された高之は仮面が外されていることを確認します。
タイトルが盛大なるネタバレ(といっても含みのあるネタバレなのでまず気づけない)という仕掛けには読み終わった後、「そうだったのか~」と嘆息を洩らさざるを得ませんでした。もちろん仮面はあってもなくても話はつながるのですが、この小説を表す代名詞として間違いなくベストな描写と言えるでしょう。
(ちなみにこの描写の意味がわからない、と知恵袋などで聞く方もいるようなのですが・・・さすがに皆さんわかりますよね?)
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