『時計館の殺人』綾辻行人 感想・考察

今回は第45回日本推理作家協会賞(1999年)を受賞した綾辻行人氏の『時計館の殺人』を紹介します。日本推理作家協会賞というのは、まぁいわゆる推理小説オタクが創り上げたマニア協会が年に1度優れた作品に出す賞であり、長編部門・短編部門といくつか分類はありますが、この賞を受賞する作品は推理オタクが認める優れた作品とみなされるレベルということは間違いありません。そもそもこの日本推理作家協会の初代会長は「江戸川乱歩」であり、そこから協会賞だけでなく、江戸川乱歩賞も出すマニアの中では有名な協会になっているのですが、細かいことはさておき、本の紹介をしたいと思います。

『時計館の殺人』綾辻行人

どんな作品か

『時計館の殺人』は綾辻行人氏が描く「館シリーズ」の5作目となります。この『時計館の殺人』を読む人の多くは『十角館の殺人』を読んでいることは多いと思いますし、かなりの期待値を抱いてしまうかと思います。大概そういう期待値を抱かれてしまった作品の場合は、読者の期待値を上回れずにガッカリ作品となってしまうことが多いのですが、『時計館の殺人』はそれを受けて立つくらいの内容となっています。

鎌倉の外れに建つ謎の館、時計館。角島(つのじま)・十角館の惨劇を知る江南孝明(かわみなみたかあき)は、オカルト雑誌の“取材班”の一員としてこの館を訪れる。

館に棲むという少女の亡霊と接触した交霊会の夜、忽然と姿を消す美貌の霊能者。閉ざされた館内で、恐るべき殺人劇の幕が上がる!

「針のない時計塔」は何を語るのか? 百八個の時計が恐怖を刻むシリーズ代表作!

何が面白いのか

激動の伏線

この作品のすごいところは、ミステリー小説である真犯人・トリックの仕掛けのヒントをここまで丁寧に出した上で読者を楽しませているということなのではないでしょうか。真犯人が誰なのかは物語を読み進めればおのずとわかる展開なのですが、そこから「ではどのように?」という疑問が読書を追いかけまわすことになります。

伏線の嵐にもかかわらずここまで読者に見破られないトリックというのもなかなか読み応えがあるかと思います。

驚愕のトリック、そして美しいラストシーン

この作品の別の見方として、本当に美しい作品ということかと思います。きらびやかな世界を描いているという意味ではなくて、小説としてのプロット、予想外の仕掛け、狂気に満ちた人々、最後の結末、いずれを取ってもすべてが綿密に絡み合いラストシーンにつながっていきます。驚愕のトリックに驚いたりするのは当然と言えば当然なのですが、それも含めて完成させられた物語を読んでいることに最後は実感させられます。

以下ネタバレ考察。必ず本を読んだ後にご覧ください。

【ネタバレあり】全体的な感想

今回の仕掛けはかなり壮大で予想の斜め上を行っていた感じでしたね。本を読みながらアレコレと私も推理していたのですが、犯人の目星はついてもそれをどう実現させたのかは最後まで読んで驚きとともに納得させられました。

”現実的にそれができるのかどうか”だとか”不確実要素”だとかを指摘する人がいますが、計画殺人や特殊な館の仕組みを踏まえると、十分許容できる範囲かと私は感じます。それを補って余る物理トリックの意外性や古峨倫典が娘を館に閉じこめ娘の時間を狂わす1.2倍速の時計群を設置した狂気には身の毛がよだつ思いです。

あと人形館からは打って変わって、また館シリーズっぽく被害者の数がぐっと増えましたね。某W大学の面々も一名だけ命は助かりましたが(それでも時計塔から突き落とされて生死の狭間を彷徨った展開になりましたが)、それ以外は犯人の餌食になるなど、サイコスリラー的感覚も味わえて大変楽しめました。

上下巻のセットですが、あっという間にスイスイと読めてしまったので館シリーズが好きな人は読まなきゃ損とも言える一作なのだろうと思います。

【ネタバレあり】伏線と考察

大胆な時間を歪ませるトリック

本作品の最も大きな、読者を驚かせたトリックがこの時間を歪ませるトリックではないかと思います。旧館の時計のすべて(時計台も含まれますが)が1.2倍で時間が進む時計で作られている、という予想だにしない狂気に満ちた設定は私も本当に驚きました。

また、このトリックはラストシーンの塔の崩壊とリンクしており、なぜ倫典が遺言で自分が死んだ後も「時計を動かし続けること」を指示したのかがわかります。

とはいえ、これは内側からも鍵をかけなくてはいけない旧館の設計を顧みるに、古峨永遠を呪った仕掛けであり、この作品の切なさが込められているような気がします。10年前、古峨永遠が4人の少年少女から現実の日時を知ってしまい、その後自殺してしまう流れなんかも誰も幸せにならない展開で暗いのですが・・・。

細かい点ですが、カレンダー上の日付・曜日トリック(というか誤解)も地味に盛り込まれていた時間を使ったトリックはやはり時計館ならではといったところでしょうか。

10年前の落とし穴、登場人物との関係

作品をまっすぐに読んでいくと、10年前の落とし穴に落ちたのが「古賀永遠」であり、そのときに負った顔の傷によりウェディングドレスを着て自殺に至った、とどうしても想像してしまいます。

実際は、真犯人である伊波紗世子の娘(伊波今日子)が落とし穴に落ちたことが原因で破傷風になり死亡していたことがラストで明かされます。もちろん真犯人の紗世子が嘘を付いている可能性は十分にあると読者は考えて読んでいるわけなのですが、ミスリード役の由季弥の存在により犯人を終盤まで絞り切れない展開が並走するため、この事実に気づくのも相当難易度が高いのではないかと思います。私はもちろん全く気づけませんでした笑。


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