『占星術殺人事件』島田荘司 感想・考察

今回は、島田荘司氏のデビュー作である『占星術殺人事件』を取り上げます。島田荘司と言えば、本格ミステリーの父と称される著名な作家の一人ですね。これは1981年の作品であり、この小説に感化される形で綾辻行人氏の「館シリーズ」に出てくる探偵役「島田潔」などの名前が付けられていることを考えると、この作品がミステリー界に与えた影響というのはなかなか当時すごかったんだろうなと思います。

『占星術殺人事件』島田荘司

どんな作品か

この作品は40年前の怪奇な殺人事件をテーマに、推理役となる御手洗潔(みたらいきよし)と石岡和己(いしおかかずみ)の捜査によって過去の謎を解明していく流れとなっています。登場人物による手記の部分と事件の捜査部分に大きく分かれ、いくつかの部分において若干冗長な傾向があり、その面を除けば、読みやすい本格ミステリー小説の代表作と言えるのではないでしょうか。

40年前の1936年2月26日、猟奇的で難解を極める殺人事件が起きた。

画家の梅沢平吉(うめざわへいきち)が、自宅の密室状態のアトリエで殺された。

そして、現場に残された遺書には怪奇な内容が記されていた。

それは若い6人の処女から、それぞれの星座に合わせて体の一部分を切り取り、それらを合成して完璧な肉体を持つ女性「アゾート」を作成するというものだった。

その後、6人の姉妹が全員殺され、それぞれ頭、肩、胸、腰、大腿部、下足部が切り取られた状態で発見された…。

はたしてアゾートは作成されたのか? また、アゾートはどこにあるのか? そして犯人は誰なのか? 

幾多の謎は解かれることなく、占星術殺人と名づけられたこの事件は、やがて迷宮入りとなった。

それから約40年後、飯田美沙子(いいだみさこ)という女性が、御手洗潔(みたらいきよし)の占星学教室にやってくる。

亡くなった元警察官の父親・竹越文次郎の遺品を整理していたところ、占星術殺人事件に関する重大な事実を書き記した手記を見つけたが、警察に持ち込むのはさすがにためらわれたため、探偵のような才能もあると評判の御手洗の元に持ってきたのだという。

それまで、ほとんど占星術殺人のことを知らなかった御手洗だったが、これをきっかけにこの事件のあらましを改めて聞き、この難解な殺人事件の謎の解明に取り組むこととなる。

何が面白いのか

とにかく40年前の怪奇事件が謎だらけ

本作品は40年前の殺人事件がテーマになっているのですが、そもそも殺人事件は3つの殺人で構成されており、そのすべてがもう本当に謎だらけの内容となっています。ネタバレなしでいくつか導入部分だけを書くと、以下のような謎の多い展開が繰り広げられます。

  • 第一の殺人事件の部屋は内側からカバン錠がされており密室状態
  • 第一の殺人事件の夜は雪が降っており、雪には男靴と女靴の足跡のみ(誰の足跡なのか不明)
  • 第二の殺人事件は強姦・強盗事件であり、他の事件との関連性はあるのか?
  • 第三の殺人事件で日本のあちこちから見つかる死体。誰がどのようにやったのか?
  • 第三の殺人事件で発見されたバラバラ死体が埋められた場所、埋められていた深さに意味はあるのか
  • それぞれの殺人事件の容疑者に存在するアリバイから容疑者が割り出せない

まぁ、細かい謎はもっと沢山あり、序盤ではさっぱり先が読めない展開になっています。とはいえ、これだけ謎が散りばめられると読者としては取り組み甲斐があるのではないでしょうか。

1点だけ留意点があるとすれば、物語冒頭から30~40ページにわたり掲載されている占星術師”梅澤平吉”の手記については要注意と言えます。この手記は、正直お世辞にも読みやすい文章とは言えず、かなり読むのがしんどいものとなっています。感覚で言えば、ドグラマグラのチャカポコ節のあたりに近いものでしょうか(わからない方は申し訳ありません)。そのため、ある程度流し読み程度でどんどん前へ進めてしまうことをお勧めします。

ここで挫折して後ろを読まないなんてことはあまりにももったいない話ですので、負担の少ない形で前へ進むのがきっと良いのだと思います。

竹越文次郎の手記をきっかけに物語は大きく進展

物語中盤で出てくる竹越文次郎の手記。この話をきっかけに物語は大きく進展していくこととなります。

それまでいくつもの謎とされていた事柄がこの手記により見え方がガラリと変わり、密接した関係性が浮き彫りになってくることに。もうここからはネタバレ情報になってしまうので、記載は控えますがこのあたりの展開は物語に大きく影響する部分であるため、多くの人はその後の展開に目が離せない状況となっているでしょう。

40年間解明されなかった謎の正体

物語終盤では40年間解明されなかった殺人事件の真相が明らかにされます。この謎だらけの奇怪な状況をちゃんと説明できる理屈が存在するのか、当初は疑わしいくらいでしたが、最後には衝撃の展開が明かされることとなります。この結末は必ずネタバレされる前に読んでいただきたいなと思います。
(私は残念ながら別作品から意図せずにネタバレを知ってしまったため、本来の衝撃を味わうことができませんでした……)

以下ネタバレ考察。必ず本を読んだ後にご覧ください。

【ネタバレあり】全体的な感想

ここまで読み応えのあるミステリー小説っていうのはなかなかない、と年間読書数の浅い私は断言しづらいところなのですが、本当に本書は緻密に設計された本格派ミステリーという感想を抱かざる得ません。読んでいて非常に面白く最後の最後まで楽しめました。

いくつかいただけない部分と言いましょうか、やはり冒頭の占星術師(実は時子の創作物)の手記は読みづらいんですよね。途中放棄したくなるような難解で退屈かつ冗長な話が続く点はしんどかったです。事件の基本的部分なのかもしれませんが、御手洗が述べていたように「電話帳を読まされた気分」になりました。

また、似たような展開が中盤でもあり、重要であるようなミスリードを膨らますだけのような座標軸のお話は正直しんどくなる面もありましたね。京都の散策パートも最後まで読むとページでも余ったから余談として盛り込んだのかなとも思ってしまう冗長っぷりもありますし。

とはいえですよ、そのあたりの冗長さを凌駕するミステリーとしての質の濃さ・トリックの重厚さは素晴らしかったですね。私個人は別の作品(確かドラマ版「金田一少年の事件簿」)にて死体の数をごまかすトリックを知っていたため、”仮に死体増殖トリックをしていたならば、首のない時子が犯人かな・・・”とその部分に限り的中できましたが、それ以外の密室トリックや一枝殺人の真相などは目から鱗的な展開で驚きましたね。

【ネタバレあり】伏線と考察

少女6人殺害時に梅沢平吉は死亡済。容疑者全員のアリバイが成立。

この作品の一番の不可解な点は、動機がありそうな”梅澤平吉”が事件発生時に死んでいることなんですよね。当時の容疑者全員にはアリバイが成立しており、犯人がいるはずなのに見当も付かない状況というのが、序盤の状況となります。

基本路線は「梅澤平吉」はやっぱり生きていた節に傾くわけですが、逆の思考として真犯人によって手記が捏造された説を思いついた方も多いのではないかと思います。ただ、捏造されたパターンだと仮定すると、その場合は誰が?何のために?という疑問が出てくることになります。

最後まで読むと犯人は死亡したと思われていた時子なのですが、この死体の数のトリックにどれくらい読者は驚いたのかはやや気になるところです。私自身は別作品でトリックの前例を知っていたため、サプライズにはならなかったのが逆に悔しい限りですね。

なぜ手記の通りに犯行が行われたのか

(手記を平吉自身が書いたものであると仮定した場合)謎が謎を呼ぶ展開が待ち受けています。梅澤平吉が死んでいるのであれば、なぜ手記の通りに6つの死体を用意して、日本中の山々に埋めていったのか説明が付きません。梅澤平吉以外に犯人がいるとして、平吉に陶酔した信者の仕業なのか、何か事情があってそんな面倒くさい死体の運搬をしたのか、と雲をつかむ展開が序盤から中盤にかけて流れていきます。

必然的に思考は「手記は真犯人によって書かれたもの」であることが信ぴょう性を増していきます。そうなると、次に考えるのが、手記はあくまでカモフラージュでしかないため、なぜ真犯人は手記のような犯行の仕方を行ったのか、という超難問にぶち当たることとなります。これが結構難しい。

結論として、手記に見立てた殺人が行われることで、犯人である時子の眼くらましになったというわけですね。死体を増やすという小細工だけでなく、6死体が順序立てて見つかることで、逆に時子は死んだと世間に認められ、疑いがかけられなくなるという中々のトリックと言えます。

手記と実際の名前が異なるのはなぜか

残念ながら冒頭の手記と実際の名前が異なっている理由については特段明記されておらず、よくわかりませんでした。このへんは注意を反らすミスリードの一種と解釈するしかないでしょうね。

平吉は男靴の者と女靴の者が部屋にいるときに、睡眠薬を飲んだのか?

第一の殺人事件である平吉殺人。これは密室状態なのですが、平吉は睡眠薬を飲んでその間に殺されています。雪の足跡により男靴の者と女靴の者の2名がいたのか、それとも片方は偽装だったのか、推察の域を出ないのですが、いずれにせよ平吉は部屋に誰かがいる状態で睡眠薬を飲んだ、という状況が出てきます。

これも最後まで読むとわかるのですが、相手が時子だったため、つまりは気を許せる相手だったから睡眠薬を飲んだことがわかります。

平吉殺害時の完全な密室

平吉殺害時の密室状況も大きな謎の一つと言えます。真相は割とシンプルかつありふれたトリックであったことが結末で披露されます。

もともとカバン錠などかかっておらず、ドアを開けたタイミングでカバン錠を置いたというものでした。カバン錠がかかっていたことを証言したのも窓から確認した犯人の時子だけであるため、このようなあたかも密室の状況が作られることとなりました。

平吉の髭がないのはなぜか

平吉偽装説へのミスリードともなる平吉の髭がなくなっていた点ですが、これも結末にて明かされることとなります。

元々は剃る予定だったが断念したというのも、この殺人が計画性を持っているにも関わらず、その場しのぎであれこれと手を変えていった状況がその後の話とリンクしています。

一枝殺害時の凶器の花瓶に付いた血が拭き取られていたのはなぜか

第二の殺人事件である一枝殺しですが、これにもいろいろな謎があります。凶器の花瓶に付いた血がなぜか拭き取られていた、という現場の状況。これは何を指示しているのか・・・。

この点についても最後の時子からの手紙で理由が描かれています。一枝を殺害したのは文次郎が一枝宅に来る前であり、文次郎がその花瓶を見ることで、文次郎が帰った後に事件が発生したと錯覚させるためと。

ただ、このへんは正直博打のような計画で事を運んでおり、いくらなんでもそれはアリ?とは思いました。とはいえ、偶然が多少重なったからこそ迷宮入りの事件になったのは間違いないので甘めに多少は見る必要があるかなとも思っています。

昌子は逮捕後、自白をしているが、その内容は?またそれはなぜか?

少々この昌子の自白については情報量が不足していて推測も難しい状況ですね。なんだったんでしょう。

知子の死体だけは埋められていなかったのはなぜか

これもしっかり時子からの手紙や御手洗の推理パートで明かされていますね。この死体発見の順序、すなわち誰の死体をどの程度の腐敗具合の状態で発見させるか、それが今作のトリックの肝となっています。博打要素の多い計画で綱渡りした犯行ではあったものの、結果として謎に包まれる展開となるのを嫌う読者もいるかと思います。ですが、私個人は問題ないというか、そういういくつもの運要素が上手くいっていたならばと想定していた時子の姿勢を考えると、納得感は得やすいかなと思います。

娘6人の手荷物がどこへ消えたのか

あまり重要な要素ではなかったのかもしれませんが、死体発見時に手荷物は消えており、どこに手荷物はいったのかという謎がありました。これは最後の手紙にて、多摩川に沈めた旨が述べられています。

なぜ一枝は竹越文次郎を誘ったのか

第二の殺人事件での謎である一枝が文次郎を誘った理由ですが、そもそも誘った張本人は一枝ではなく時子であることが最後の手紙で明かされます。

文次郎を誘った段階で、一枝は死亡しており、一枝を強姦されたものと見せかける(犯人が男であると思わせる)ために文次郎を誘い込んだという訳です。

仮に、
・文次郎がその時間に現れなかったらどうなってしまったのか?
・文次郎が血の匂いに気づき隣の襖を開けたらどうなっていたのか?
・文次郎が誘いに乗らなかったらそもそもどうなっていたのか?
など多くの謎というか博打要素がありますが、結果的にすべてうまくいった、ということのようです。

京都散策編のミスリード

  • 火傷の跡が平吉の証拠であるとは?
  • 吉田の仲間の一人が梅沢平吉?
  • 御手洗が江本に言った「絶対に見つけてみせる」とは?誰を?何を?
  • 明治村にあるルート不明の女性の人形。
  • 明治村にある女性人形を安川が「それがアゾートである」と言った理由。
  • 吉田秀彩が月一で明治村に通う理由は、本当にただの好きでだからなのか?
  • 吉田秀彩が梅澤平吉が左利きであったことを知っていた理由(安川民雄から聞いただけ)

京都散策編では上記のような事件とは正直ほとんど関係ないくだりの展開がなされます。すべてミスリードで本筋のトリックとは関係なかった点は若干残念ではりますが、まぁミステリー小説にはよくあることなので致し方ないですね笑。

セロテープでなぜ犯人がわかったのか

アゾート作成のトリック解決のきっかけとなったセロテープの貼付けによる紙幣のだまし絵。これは本編にて十分な解説がなされているため、読者は皆理解できているのかと思いますが、これ本当にセロテープがないと解けなかったトリックなのでしょうか・・・。

私は別作品で同様のトリックを用いた話を知っていたため、公平な視点で見ることができないのですが、ノーヒントであっても気づけるような印象は拭えません。

須藤妙子(時子)はなぜ「自分のところへたどり着く者は、きっと若いやつだろうと思っていた」と述べたのか

これも難しいところですね。時子は「自分のところへたどり着く者は、きっと若いやつだろうと思っていた」と述べています。何か根拠があっての発言ではなく、なんとなくの印象で述べているのかと思いますが、うーん、何かそういう示唆が本編でされているわけでもなさそうです。

毒殺用の材料はどこから入手したのか

時子は当時、大学病院で働いていた旨が最後の手紙で明かされています。大学病院でそういった薬物を少しずつ入手していたこと、また偽名・偽の住所などにより見つからないような状況だったことも書かれています。

時子はどこに40年潜んでいたのか

時子が犯行後、どこにいたのか。これも最後の手紙で述べられていますが、満州にいたようです。もともと満州行きを計画して犯行に及んだわけではなく、犯行後偽名でとある旅館で働いていた際に満州行きのきっかけを得た旨が述べられています。

多恵はすり替えられた雪子の死体に気づいていなかったのか

時子の母親である多恵は、首のない時子の死体(雪子の死体)として検分させられた際、それが本物の娘だと気づかなかったのでしょうか。やや気づきそうな話の展開でもあるのですが、時子が敢えて身体に痣(あざ)を作るなどし、それを母親に見せるくだりがあるところからも、多恵は本当に雪子の死体を時子と誤認したのだと思います。

別の見方として、首のない時子の死体(雪子の死体)を見ることで、多恵は一連の犯行が雪子によるものだと感じ取り、嘘の証言をしたという流れも予想されます。ただ、この見方はやや違和感があるというか、嘘を言うことに何かメリットがあると咄嗟に気づける状況でもないような印象があり、やはり誤認したと解釈する方が自然だと思っています。


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