『ABC殺人事件』アガサ・クリスティ 感想・考察

『ABC殺人事件』はアガサ・クリスティの長編推理小説で1936年に発表された作品となります。アガサ・クリスティの18作目の長編に当たり、探偵エルキュール・ポアロシリーズの長編第11作目になります。アガサ・クリスティの代表作として真っ先に上がるわけではないものの、2つ代表作を挙げるのであれば十分に入るこちらの名作を今回は紹介します。

『ABC殺人事件』アガサ・クリスティ

どんな作品か

物語は探偵エルキュール・ポアロに届いた手紙から始まります。ポアロに挑戦するかのような殺人予告がそこには書かれており、犯人は自身を”ABC”と名乗ります。予言通りに発生してしまう殺人、そして再び届くABCからの手紙。次の展開が気になってしまい、ラストまで一気に駆け抜けるように読んでしまうでしょう。ラストのトリックも含め傑作と言える作品ではないでしょうか。

注意することだ―ポアロのもとに届けられた挑戦状。

その予告通り、Aで始まる地名の町で、Aの頭文字の老婆が殺された。

現場には不気味にABC鉄道案内が残されていた。

まもなく第二、第三の挑戦状が届き、Bの地でBの頭文字の娘が、Cの地でCの頭文字の紳士が殺されてしまう…。

【ネタバレなし】何が面白いのか

謎の人物「ABC」とポアロの対決

本作では、謎の人物「ABC」からポアロに挑戦状となる手紙が届けられます。内容は殺人予告。ポアロは名の知れた名探偵ではあるものの、こういった形で対決することは本作が初めてでしょうか。この挑戦的な犯人とポアロの駆け引きについては目が離せないポイントになるかと思います。

ただ、あらすじにも書かれているとおり、殺人事件は発生してしまいます。その中で、ABCの手がかりをどうやって見つけていくのか、ポアロと同じ目線で犯人の姿を推理していく楽しさがこの作品にはあると思います。

犯人の「ABC」は誰なのか、そして謎の男の動き

ポアロシリーズのほとんどはいつもポアロのそばにいるヘイスティングズ大尉から見た手記、という形で話が進んでいきます。ですが、本作ではヘイスティングズ大尉の手記の合間に、謎の男の視点で描かれたエピソードが挿入されています。

いったいこの男は何者なのか、犯人の「ABC」なのか、全く関係性の見えないエピソードを読みながら、物語は先に進んでいくことになります。ラストまで読むとこの謎の男の行動がどういう意味だったのか「ハッ」とさせられるのではないでしょうか。

ラストシーンで暴かれる衝撃の結末

ラストシーンでは、ポアロによる事件の解明がされ、手紙の主である「ABC」は誰なのかが明かされます。この物語全体を通じて、靄(もや)のかかった様々な事実が一本の直線に並ぶかのごとく、本当の姿を現すパートとなります。その真実を知ったときに、当時多くの読者は驚いたのだと思いますが、2022年の今でもやはりトリックや犯人が誰かわかった瞬間の驚きは色あせていないと私は思います。

以下ネタバレ考察。必ず本を読んだ後にご覧ください。

【ネタバレあり】全体的な感想

カストさんが逮捕で終わりにならず良かった、と読み終わった最後はまず思いました笑。

正直、読んでいる最中は不穏な動きをするカスト氏(ストッキング販売員)が真犯人でないことは、話の展開的に多くの人が予想でき、このカスト氏が無実の罪で逮捕されてしまう展開も予想通りの展開だったのかと思います。ただ、そこから難しかったのは真犯人が誰か、ということでした。正直、読者が真犯人を当てるだけのヒントが十分にあったのかは怪しかったのですが、幾分想像を巡らすことができれば、消去法的に選択肢として真犯人を当てることができたのかなぁ、と読んだ後で思いますが、もちろん私にはわかりませんでした。むしろクローム警部の訝しな態度で、警察=犯人パターンかなと間違った推理を中盤まで引きづっていましたね笑。

「木を隠すなら森の中」というわけで「殺人を隠すなら連続殺人の中」という何とも大胆な今回の犯行。相続を理由に3件もの余罪を犯す殺人鬼の動機には疑問を持たざるを得ませんが、本作『ABC殺人事件』がその後の様々な作品に与えた影響は相当大きかったのではないかと感じます。素晴らしい作品だなと思いますね。

【ネタバレあり】伏線と考察

第一の事件、アッシャー・アリスの殺害

本作では伏線よりもミスリードとしての描写がかなり多い印象です。もちろん伏線として絡めて書かれている部分も多く、一概にどう捉えるかは読者の判断に委ねられている状況なのですが。

容疑者として、夫のフランツ・アッシャーが出てきますが、周辺の聞き込みなどの情報やフランツ・アッシャー本人の性格から、犯人像が全くの外部犯の装いが出てきます。例えば、隣人であるファウラー夫人のこの発言を取っても、明らかにお互いに口論をすることがあった夫婦の状況を示していません。

ファウラー夫人「(前略)なのにあたしは、すぐとなりにいながら、物音ひとつ聞かなかったんですからね。なさけないじゃありませんか。」

ABC殺人事件 P.74

パートリッジ氏の発言もだいぶ怪しい印象を感じたのですが、結局は完全なミスリードというか結末とは無関係なものでしたね。そのため、この時点で、読者には犯人が誰なのか全く見当も付きません。ただ、連続して事件がこのあと起こることくらいしか・・・。

第二の事件、ベティ・バーナードの殺害

このあたりでようやく事件のヒントらしいものが出てきます。ベティの性格や事件当日の状況から相手が男性である点が濃厚になってきます。

ただ、事件現場の状況などは当初親密な間柄の人間が犯人であることを指し示していることもあり、交際相手のドナルド・フレーザーや姉のミーガン・バーナードなど怪しい人物だらけで犯人像を全く特定できない状況になっています。

第三の事件、カーマイクル・クラーク卿の殺害

真犯人の本当の目的に当たる犯行が第三の事件になります。この場面になってようやく真犯人であるフランクリン・クラークが登場します。ページ数でいうと176ページであり、すでに中盤も結構進んできてようやく真犯人が登場するというなかなか遅めの構成となっています。

登場の場面では真犯人のフランクリン・クラークについてこのように描写されています。

待つ間もなくして、ひとりの大がらで日焼けした顔の、金髪の男がはいってきた。

これがフランクリン・クラーク、故人のたったひとりの弟だった。

彼のものごしは、積極的で、てきぱきしていて、こういう非常事態に対処するのになれているように見えた。

ABC殺人事件 P.176

登場の段階だと年齢などの記載がないので、第二の事件の犯人に該当するのかいまいちわからないんですよね。もちろん容疑者になり得るのは間違いなかったのですが。

一方で、クラークはすでにポアロを知っているような態度を取っていることも書かれています。

クローム警部「(略)つまり、まったく無名の存在ではなく、人に知られたいという欲望なんです。」

フランクリン・クラーク「まちがいありませんか、ポアロさん?」

クラークは、信じられないといいたげだった。彼がポアロにそうたしかめたのが、若い警部にはおもしろくなかったらしく、そのみけんに縦じわがあらわれた。

ABC殺人事件 P.178

ただ、この描写もポアロがある程度の有名人だから知られていた、または若い警部の発言にそこまで信用が置けないからこのような態度を取った、と解釈する方が自然なんですよね。ポアロに手紙を送りつけたABCだから、敢えてポアロの意見を・・・と解釈するには難しい場面のように感じました。

第四の事件、映画館での殺害

最後の事件である映画館の事件。これは警察にカスト氏を逮捕してもらうための事件なので、被害者になった人は本当不運としか言いようがないですよね。綿密な計画で、代理犯人も用意してとかなりの手の込んだ犯罪だっただけに、今回の事件の真犯人が明かされたときの驚きはなかなかのものでした。

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