『アクロイド殺し』アガサクリスティ 感想・考察

アガサクリスティの代表作と言えば『そして誰もいなくなった』がよく挙げられますが、この『アクロイド殺し』も代表作として挙げられる名作と言えます。ミステリー好きであれば、読んだことある方多いのだと思いますが、一般的にはあまり手を取ったことがない方も多いのではないかと思います。今回は、刊行時に大いに物議を呼んだ作品であるこの『アクロイド殺し』について書いていきます。

『アクロイド殺し』アガサクリスティ

どんな作品か

アガサクリスティの代表作として挙げられることが多い『アクロイド殺し』。国内外で高い評価を得ており、近年においてもその傾向は変わりません。この作品が得ている称号として例えば以下のようなものがありますが、本当すごい数だと思います。

  • 『史上最高の推理小説100冊』(英国推理作家協会・1990年) 5位
  • 『史上最高のミステリー小説100冊』(アメリカ探偵作家クラブ・1995年)総合:12位
  • 『海外ミステリー・ベストテン』(週刊読売・1975年)』 5位
  • 『東西ミステリーベスト100』(週刊文春・1985年) 8位
  • 『海外ミステリー・ベストテン』(EQ・1999年) 8位
  • 『海外ミステリー・ベストテン』(ジャーロ・2005年) 8位
  • 『ミステリが読みたい!』(海外ミステリオールタイム・ベスト100 for ビギナーズ・2010年) 7位
  • 『東西ミステリーベスト100』(週刊文春・2012年) 5位
  • 『作者ベストテン(日本全国のクリスティ・ファン80余名による投票)』(1971年) 2位
  • 『作者ベストテン(日本クリスティ・ファンクラブ員の投票)』(1982年) 2位
  • クリスティ自身が選出したお気に入り作品10作のうちの1つ

正直作品のあらすじをどのように書くことが適切なのか頭を悩ます作品なのですが、とある村で起きた不可解な殺人事件、つまりは物語の序盤で発生する”アクロイド氏が殺されたこと”が本作の事件となっております。名探偵ポアロは事件の真相に迫るため、村の住人に聞き込みを進め捜査を進めていくのですが、様々な疑惑が浮かび上がってくる・・・、という作品となっています。

キングズ・アボット村のフェラーズ夫人が亡くなった。夫人は未亡人だが大変裕福で、村のもう一人の富豪ロジャー・アクロイド氏との再婚も噂されていた。

村の住人であるジェイムズ・シェパード医師による検死の結果、睡眠薬の過剰摂取と判断されたが、噂好きなシェパード医師の姉キャロラインは早速あれこれと聞き出した上、フェラーズ夫人の死は自殺だと主張する。外出したシェパード医師は、行き会ったロジャーから、相談したいことがあると言って夕食に誘われた。

夕方、屋敷を訪ねたシェパード医師はロジャーから悩みを打ち明けられた。再婚を考えていたフェラーズ夫人から、「一年前に夫を毒殺した」ことを告白されたというのである。しかも、夫人はそのことで何者かから恐喝を受け続けていたという。

そこにフェラーズ夫人からの手紙が届き、ロジャーが読み始めたところ、それは恐喝者の名前を告げようとする手紙だった。ロジャーは後で一人で読むと言ってシェパード医師に帰宅を促す。その夜ロジャーは何者かに刺殺され、フェラーズ夫人の手紙は消えていた。

何が面白いのか

容疑者全員が何かを隠している・・・

本作品を読み進めると段々と見えてくるのですが、村の容疑者全員がそれぞれ何か秘密を隠していることがわかってきます。体面はそれぞれ真面目な執事、真面目な家政婦などを装っていますが、何か隠さなければいけないものを各人が持っているようです。この隠さなければいけないものは何なのか、それが事件とどのようにかかわってくるのか、先が読めない展開となっております。

最後まで犯人がわからない展開

事件は終盤に進むにつれて、様々な事実が明るみに出てきます。しかし、その一方で犯人の決め手となる事実はなかなか出てきません。

少しずつ事実が明らかになり数多くのヒントが指し示す犯人像はいったい誰なのか、最後まで一気に読めてしまうほどの勢いがこの作品にはあると思います。

ミステリー業界で物議を呼んだラスト

事件のラストではアクロイドを殺したのが誰なのかが判明します。この小説のラストは刊行当時、非常に大きな話題となったこともあり、そのラストの内容に読者の多くの方が驚くのではないでしょうか。

この作品をきっかけにそれをオマージュした作品も多数あり、ミステリー小説の界隈では知らない人はいない作品となりました。ぜひ最後まで読んでなぜ当時そんなに白熱した議論となったか考えてみると更に面白くなるのかな?と個人的には思います。

以下ネタバレ考察。必ず本を読んだ後にご覧ください。

【ネタバレあり】全体的な感想

アクロイド殺しを最後いつ読んだのかは忘れてしまったのですが、読み終わった瞬間は「おー、そういう類なのね、ふむふむ、なかなか面白い!」と月並みの感想を抱いた程度だったのですが、当時の物議だったり、これをきっかけに派生して描かれた作品などを考えると、この作品の影響度がいかに大きかったのかを感じます。

「信頼できない語り手」という言葉が出てくるきっかけもおそらくはこの作品なのかなとも思います。もちろん本作品より前に、語り手=犯人として描いた作品は複数ある旨が事実として残っており、第一号作品というわけではありません。しかしながら、この「信頼できない語り手」を作品に取り入れることで、小説の面白さがグッと引き上げられたことを示すのはまさにこの『アクロイド殺し』なのでしょう。

フェア・アンフェア問題はこのあとの考察で少し書き加えようかと思いますが、判断が難しいなとも若干思います。現代の作品はそもそも叙述トリックを駆使した作品も評価されているという点を考えられており、本作品で読んでいる内容が「シェパード医師の手記」である点が本当にアンフェアなのかは、これまで他作品を読んでいる人であれば疑ってしかるべき点なのはもちろん、そういう読ませ方も表現のひとつとして受け入れざるを得ない印象を感じます。

いずれにせよ、こじつけの物理トリックや動機設定を並べるくらいであれば、このトリックは目を見張る完成度であり、また時間をおいた上で改めて読みたい作品のひとつだな、と思いました。

【ネタバレあり】伏線と考察

フェア・アンフェア問題

この作品を考えるにあたり、フェア・アンフェア問題を取り上げない訳にはいきません。本作品は推理小説として読者にアンフェアな状況であることが指摘されており、それを問題視する意見が多数述べられました。

否定派の先鋒はS・S・ヴァン・ダイン(ウィラード・ハンティントン・ライト)でこの作品の「読者に対するトリックは、探偵小説作家として許される策略の範囲内だったとはいいがたい。(中略)」と批判している。

アクロイド殺し 解説 作家 笠井潔

日本だと江戸川乱歩、小林秀雄も以下のように述べていたそうです。

江戸川「いや、トリックとはいえないね。読者にサギをはたらいているよ。自分で殺しているんだからね。勿論嘘は書かんというだろうが、秘密は書かんわけだ。これは一番たちの悪いウソつきだ。それよりも、手記を書くと言う理由が全然わからない。でたらめも極まっているな。あそこまで行っては探偵小説の堕落だな。」

小林「あの文章は当然第三者が書いていると思って読むからね。あれで怒らなかったらよほど常識がない人だね(笑)。」

雑誌『宝石』 Wikipediaページ「アクロイド殺し」

また別の作家の瀬戸川猛資も以下のように述べています。

フェア・アンフェア論争の総括をしている瀬戸川猛資は、ミステリ界では「トリックそのものには先例があるものの、仕掛けの大きさにおいて比類のない作品である。犯人は嘘を書いているわけではないのだから決してアンフェアではない。こういう意表をついた大トリックに欺されることにこそ本格ミステリの醍醐味があるのであって、それに文句をつけるのはミステリの本当のおもしろさが理解できない人ではないか――というような意見が大勢をしめ、アンフェア説は完全に駆逐されてしまった。」と述べた上で、この作品には「客観性」がまったくないとして、アンフェア説に立っている。

Wikipediaページ「アクロイド殺し」

このように否定派の意見の多くはアンフェアな小説の書きぶりに異議を唱えるものが多く、またこの作品が”シェパード医師の手記”であることを隠した状態で、読者にそれを読ませている点は賛同しがたいものと考えているようです。

ただ、否定派ばかりの意見が多いのかというとそうでもなく、かの有名なエラリークイーンやドロシー・L・セイヤーズなどは本作品の手法を全面的に支持しており、ミステリー作家界隈でも意見はだいぶ分かれているようです。

私が色々な人(日本人限定)の感想を眺めた限りでは、一般読者レベルだと比較的肯定派の意見が多い印象です。もちろん現代の他作品にある叙述トリックを知った上で書かれた感想も幾分含まれており、時代の流れによって受け入れられてきた、という印象を感じます。

また、肯定派の意見の多くにこういった小説に制限を設けることは却って小説の面白さを損なう”という考えに立ってコメントを述べている方も多く、面白さの追求の結果であれば許容し得る(『アクロイド殺し』程度の設定であれば許容という意味)という状況と感じました。私もミステリー小説=娯楽、という観点で論じるのであれば、面白さを高めるという意味でこういった推理小説のトリックもアリなのではないかと考えています。あくまで娯楽に特化して判断すればですが。

しかしながら、かの有名なヴァン・ダインや江戸川乱歩もフェアプレイにこだわった理由というのも何となくわかる気がしています。説明するのはすごく難しいのですが、大衆的には「面白いからOK」と判断されたとしても、それは文学的にはNGなのだろうなと。

ヴァン・ダインはこの『アクロイド殺し』が刊行されたあとで、『ヴァン・ダインの二十則』と呼ばれる推移小説を書く上での20の規則を発表しています。細かいルールにせよ、読者が推理小説を楽しむためには、著者として守らねばならないラインがあり、そこに登場人物とは異なる著者の思惑で読者を騙してはいけないよ、というメッセージが込められています。そして、この『ヴァン・ダインの二十則』は『ノックスの十戒』とともに推理小説の中では非常に有名な指針となっています。

『ヴァン・ダインの二十則』を意図的に破るような作品がその後ももちろんありますが、推移小説というジャンルとしてどうあるべきか、どう推理小説を発展させていくべきかを考えていた傑物達の考え方というのは、やはり納得させられる面も多く、安易に「面白ければなんでもOK」と安直に捉える娯楽メインの意見に諸手を挙げて同意するのもどうかな、と個人的には思いました。

容疑者それぞれが隠していたこと

さて、フェア・アンフェア問題はひとまず置いておくとして、『アクロイド殺し』の伏線についていくつか言及していきます。ものすごい沢山ありますし、本当プロットがよくできていますよね。以下で本作品で出てきた伏線のいくつかを見ていきましょう。

  • 森で見かけたラルフ・ペイトンと女性(フェラーズ夫人?)の内緒話
    →実は相手は雑用係のアーシュラボーン
  • 家政婦ミス・ラッセルがシェパード医師にした薬物に関する質問
    →息子のチャールズ・ケントが薬物中毒だった
  • 家政婦ミス・ラッセルが息を切らして出てきた理由
    シェパード医師が食事に誘われたことが気に食わなかった理由
    なぜかミス・ラッセルが弁解をした理由
    →いずれもその夜に息子のチャールズ・ケントと会っていたことを隠すため
  • シルバーテーブルに置いてあった凶器の短剣はいつ消えたのか
    応接間から聞こえた中の物音の正体、すなわちシルバーテーブルの蓋を慎重に閉めたのはなぜか
    従妹フローラとシェパード医師がシルバーテーブルを見ていたときに短剣はなかったとされている
    →実はシェパード医師がそのときに短剣を盗んでいた
  • ファミリーパークへ向かった男は誰だったのか
    その男はなぜ知り合いの誰かの声に似ていたのか
    →家政婦ミスラッセルの息子チャールズ・ケントだった
  • アクロイドは9時半過ぎに誰かと喋っていた
    →事件1週間前に購入した録音機の音声だった
  • シェパード医師にかかってきたアクロイド氏が殺された旨を伝える電話
    →シェパード医師が策した電話であり、アクロイド氏の殺人とは無関係の電話
    (相手が誰なのか、相手の発言がなんだったのかは本文で描写されていない)
  • 東屋に落ちていた白い布切れはなんだったのか
    →メイド(雑用係のアーシュラボーン)のエプロンだった
  • 従妹フローラ・アクロイドが友人ヘクター・ブラント少佐の問いに一瞬ぎくりとした理由
    「何をしなくても・・・」とはなんだったのか
    →フローラはずっとお金に困っており、これまでお金のために嘘を付くなどをしていた
  • 池から見つかった金の指輪”Rより三月十三日”とは?
    →息子ラルフから雑用係アーシュラ・ボーンに贈られたもの
    →彼らはすでに婚約していた
  • 100ポンドあったはずの現金が60ポンドしかなかった理由
    →お金に苦しんでいた従妹フローラが40ポンドを盗んでいた
  • 雑用係アーシュラ・ボーン「殺人は(中略)十時少し前?」と言ったのはなぜか
    →実はフローラは40ポンドを盗んだことを隠すため、嘘の証言をしており、その時間アクロイドと会話していなかった事実が判明する
    →ラルフと密会していた時間が正にその時間であり、ラルフへの疑いを晴らしたい思いで殺人が発生した時刻が違うのではないかと願ったからの発言だった

もっと細かい伏線が織なっているのですが、ここではある程度省略しておこうと思います。いずれにせよ、
・息子のラルフ・ペイトンと雑用係のアーシュラ・ボーンが結ばれていたこと
・家政婦ミスラッセルとその息子チャールズ・ケントが屋敷に事件当日訪れていたこと
・従妹フローラがお金に苦しんでおりそのために40ポンドを盗んだこと
・執事のパーカーは過去に前主人を脅迫でお金を得ていたこと
・秘書のレイモンドは実は借金をしており金に困っていたこと
・セシル・アクロイド夫人はアクロイドの遺言書を探していたところをアッシュラ・ボーンに見られていたこと
・ブラント少佐は従妹フローラを愛していることを隠していたこと

などの事実が小説を読み進めるにつれて、明るみになり物語の全体像がよりはっきりしていったかと思います。

ポアロはどこで犯人を確信したのか

本作品がシェパード医師の手記である以上、ポアロがどの場面で確信を得ていたのかは判断が難しいと言えます。これはシェパード医師自身が犯人と名指しされるまで、自分自身が犯人だと想像してもいないだろう、と高を括っていた描写が見られることからも、ポアロが気づいたタイミングというのを図り知るのは難しい状況です。

ただ、ある程度の推察をするならば、P.244ページで描かれているポアロ「こうなるとかえってラルフ・ペイトンは無実だと信じたくなりますね」という発言から、事件の見え方が大きく変わり、シェパード医師がポアロの考えを読めなくなったことが次の章の冒頭で記述されています。

おそらくこの章のポアロの行動により、確信的な証拠(ラルフ・ペイトンを精神病棟に入れた犯人がシェパード医師であり、シェパード医師がアクロイドを殺したこと)を得たことが決定打になったのだと思います。

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