今回は、館シリーズで知られる綾辻行人著『人形館の殺人』について書いていきます。『人形館の殺人』は館シリーズの四作目にあたる作品。館シリーズの中でも異色作と言われる展開となっています。
目次
『人形館の殺人』綾辻行人
どんな作品か
館シリーズは、「館」という漢字がタイトルに入るとおり、何かしらのお屋敷なり建物で事件が起こるというストーリー展開となります。主人公が固定で決まっているわけではありませんが、物語の推理役である島田潔が館で起きた殺人事件について考えを巡らせる展開が基本路線の作品となっています。
そして、『人形館の殺人』では、人形館の持ち主である「飛龍想一」の視点で話が進んでいきます。
飛龍想一は、育ての母である叔母とともに実父・飛龍高洋が残した「緑影荘」に引っ越すために京都を訪れる。 その屋敷は本邸の日本家屋には部品の一つが欠落したマネキンが随所に配置され、また離れの洋館はアパートとして貸し出されていたが改築時に中村青司が携わったという噂があった。 しかし、近所では通り魔殺人事件が発生、さらに私のもとにも奇怪な手紙が届き、そのころから次々と奇妙な出来事が起こり始める。 私の命を狙う人物とは誰なのか? 恐怖に駆られた私は、大学時代の友人・島田潔に助けを求める。
何が面白いのか
この作品の何が面白いのか、私個人が感じるポイントをネタバレなしで簡単に挙げておきます。
予想を次々と裏切る展開と張り巡らされた伏線の回収の嵐
他の館シリーズとも共通する話ですが、やはり予想を裏切る展開が一枚も二枚も重なっていて、読んでいて楽しかったですね本当。お手本ともいえる伏線の回収もしっかりされていて、読んだ後の納得感も高く、「いや~気づけなかったわぁ」と最後まで読んで思ってしまう作品だと思います。
前三作とは異なる変化球的展開
例えば、第一作目の『十角館の殺人』は孤島を舞台にしたクローズドサークルの小説だったのですが、『人形館の殺人』は閉鎖的な陸や海の孤島が部隊ではなく、京都のとある住まいを舞台に話が展開していきます。また、人によってはミステリー要素よりもサイコホラー的要素を感じる方もいるようで、そのあたりもこの作品が他とは異なると言わしめる要素になっているのだと思います。
これもまた衝撃の結末
これも例に漏れず、最後まで読んで衝撃を受けた方も多数いるんじゃないでしょうか。私も読んでいる最中、アレかなコレかなと推理しながら読んでいたのですが、あ~ここはコッチがアッチででもソンナ展開は予想できなかった~みたいな感じになりました。日本語で説明するにはネタバレ不可避なので、気になる方はやはり読むしかありません。
以下ネタバレあり。必ず本を読んだ後にご覧ください。
【ネタバレあり】全体的な感想
いやはや、本当面白い!と言ってしまうくらい見事な作品が続きますね。館シリーズは特に。『人形館の殺人』はテイストこそこれまでの館シリーズと一線を画すものとなっていますが、多重人格の犯人を使った叙述トリックによって本当に島田がいたような錯覚に陥った人も多いのではないでしょうか。全体の流れもテンポがよく名無しの犯人がいったい誰なのか推理しながら、どんどん先に読み進めたくなっていってしまい、気づくとあっという間に最後まで読み切ってしまっていましたね。
この作品そのものが館シリーズであるのに対し、実は中村青司とはなんら関係がない点、推理役の島田が実は手紙での登場しかしていない点など、連続で読んできた読者を面白い形で裏切るところも良かったですね。
もし何か付け加えるとすれば、物理トリックがなんらなかった点でしょうか。館シリーズと息巻いてそういう仕掛けのミステリーを勝手に妄想している読者にはガッカリの作品なのかもしれません。ただ、勝手に盛り上がった期待値を抱いて小説を読むというのも作品に問題があるわけでなく、偏屈な読み方をする読者側に問題があるような気もしますが。
刊行が1989年というだいぶ古い作品ながら、そのインパクトは今読んでも変わらずそこにはあると思います。また次の作品も読みたいですね。
【ネタバレあり】伏線と考察
以下では私が小説内で感じた印象など勝手ながら書いておきたいと思います。
なぜマネキンを”彼女”と呼ぶのか
割と最初の方からマネキンの不気味さについて言及されるのですが、想一の視点では「彼女」と表記されます。女性のマネキン人形なので、「彼女」と表現するのは間違っていないかと思うのですが、感覚的には違和感を覚えましたね。最終的には亡くなった母の再現だった、という結末なのでそこに人間的何かを感じたという意味合いなのかもしれませんが。
(とはいえ、マネキンを女装させていたわけでもなくのっぺらぼうだったので、なんだかなぁとも未だに感じます)
母を「彼女」と呼ぶ想一
これも最初おかしいなと感じた点ですが、すぐにこれは育ての母だから、という点が明らかにされました。何か育ての母との間に男女の関係があってそれが殺人事件を引き起こすのかと、前半で一つ予想していましたが外れてよかったです笑。
引越後に見かけた”じっと母屋、緑影荘を見ている男性”の正体
想一の視点でしか書かれていませんが、引越後に母屋、緑影荘をじっと見つめていた男性については架場久茂(と思われる)旨が述べられていました。想一が思い込んだ架場犯人説のきっかけかなとも感じます。
名無しの正体
本作品の重要な謎である名無しの正体。度々想一視点の話と交互に入ってきて、謎が謎を呼ぶんですよね。小説の冒頭から前半部分くらいまでであれば、それなりの人が想一の多重人格説を予想したのではないでしょうか。おそらく当初多重人格説を感じたものの、途中からの展開でその線は却下した人が多数いて、最後にやっぱり多重人格説で面食らった人も多いような気がします。
名無しはこのあと以下の奇怪な行動をしますが、すべて想一の別の人格がやったと小説の最後で明かされます。
- 血塗れのマネキンをアトリエに設置する
- ガラスの破片を郵便受けに入れる
- 玄関に石ころを置く
- 自転車のブレーキを壊す
- 頭を潰された猫の変死体
- アトリエないのマネキンの位置を動かす
父・高洋の遺言”人形たちは・・・動かしてはならない”
家に置かれた不完全なマネキンについて、父・高洋は”人形たちは(中略)動かしてはならない”という非常に面倒くさそうな遺言を残しています笑。相続される側の立場も考えたらどうだろうか、と勝手ながら私は感じてしまったのですが、小説内では庭に埋められた完成されたマネキンの位置をこの不完全なマネキンたちが示していたことが明かされます。
家に配置されていたマネキンの身体の一部が欠損していたのは、高洋が作品として納得いかなかった部分を破棄したため、そのような形態になっている旨も述べられていました。
児童連続殺人犯の正体
小説内でたびたび出てくる児童殺人事件。この犯人が辻井雪人であったことは後半で発覚します。小説が書けない腹いせに児童を殺害するという恐ろしいサイコキラーなのですが、別人格の想一から送られてきた手紙の中で「もう一人のお前」とターゲットにされてしまい、その後殺されてしまいます。ちなみに、この辻井雪人の氏名は本作品の著者「綾辻行人」のもじりというのも地味に面白いですね。
夜中に鼠を追いかける大学生の倉谷、盲目マッサージ師の木津川がしてきた挨拶
倉谷犯人説、木津川犯人説をミスリードするようなエピソードとして、夜中に鼠を追いかけている倉谷を想一が発見する話があります。あの鼠の話は結局、食事会のときにチラっと出てきたのみで他に何か出てくるほどの話にはなりませんでした。鼠は本当にいたんですかね、ミスリードなだけに逆に気になります。
盲目にも関わらず木津川が挨拶をしてきたエピソードはその後、盲目かどうかを確かめる実験に話がつながってきます。結局はシロということになりましたね。
ちなみに、夜中の異物感を感じて想一が目を覚めるシーンがあるかと思います。これは想一が真の犯人だとすると、(仮に別人格であったとしても)異物感を感じるのはおかしいかなと感じますが、鼠が歩き回っているという話であればまぁ整合は付くのかな・・・と色々思案しましたね。結局、何の異物感を感じて目を覚ましたのかは明言されていないため、よくわかりません。
架場の1月18日の用事、1月27日の日帰り遠出
架場は1月27日の水曜日に日帰りで遠出している旨が述べられています。これは最終章で想一の引越前に住んでいた地域(静岡)での聞き込みをするための外出だったことが明かされます。
架場は1月18日にも急な用事が入っているのですが、そちらは本編と関連する何かだったかはパッとわかりませんでした。もしかするとちゃんと記載されているのかもしれませんが。
希早子が感じた想一の絵画への印象
小説内で希早子は想一の絵を見たとき、かなりショッキングな印象を受けていたことが述べられています。いずれの絵画にも死が関連する描写となっていたことはその場面で述べられていますが、最終章ではそこに本人自身が描かれていたことが明かされます。潜在意識の中での自殺願望が想一が描く絵に現れていたようです。
なぜ島田は希早子を助けることができたのか?
島田が希早子を助ける場面では、色々な疑問が浮かぶことになりますが、すべては想一が多重人格であることで説明が付きます。なぜ希早子を助けることができたのか、なぜそこに島田がいたのか、白い腕とはなんだったのか。いずれも想一の多重人格がしていたことであり、殺人犯=想一が希早子の後を追いかけ、島田=想一が希早子を助ける、という図式です。希早子の目の前に落ちた白い腕は、自宅から持ち出したマネキンの腕(逆にそれで殴打されているんですが)という話。希早子はまぁ驚いたでしょうね・・・。
28年前の事故の被害者の苗字がアパート住人の苗字と一致していた
この部分については完全に騙されてしまいましたね。28年前の事故の被害者の苗字がアパートの住人の苗字と一致していた、という島田の発言はそもそも想一が創り出した多重人格の妄想であり、虚言であることが最終章で明かされます。島田=想一であることがわからないと、アガサクリスティのあの作品のような展開を予想してしまった方もいるのではないでしょうか。
辻井殺人の密室トリック
今回の件を密室トリックと表現していいのかわからないのですが、叙述トリックであたかも想一以外に実行犯がいたかのような記述となっており、実際は合鍵を持っていた想一=殺人犯が殺したという事実関係が最終章で判明します。小説内でもはっきり述べられていますが、想一はそのとき冬ですが部屋を換気していて、汗をかく状況ではなかったにもかかわらず汗が滲んでいたという描写がされています。
本物の島田と想一の関係
今回、本物の島田は手紙でしか出てこないのですが、想一が引越する一年ほど前に会って会話していることがわかります。当時、想一は入院をしていたのですが、それは精神病の治療のための入院だったことが明らかにされます。そのときに、島田が関与した中村青司が建築した十角館、水車館の話(からくり話も含めて)を聞いており、その後の電話越しの(架空の島田=想一自身の)推理に結び付けられることとなります。
マツシゲくんは架場久茂の兄だったのか
物語の最後で想一が子供のときに殺したマツシゲくんは架場久重の兄であることが想一自身の発言で指摘されます。ただ、想一は多重人格であり、これは想一の多重人格が創り上げた虚言ではないか、という意味で希早子は「『マサシゲ』なんていう名前じゃなかったんですよね」と架場に問いています。
インターネット上でちらほら見かけるのですが、このあとのやり取りを見ても架場久茂の兄の名前が何かは名言されておらず、この会話の意味を取り違えている書き込みが散見されていますね。
これは文脈を見れば明らかにそうで、次の文章で書いてある通り「そんな偶然、あるわけがないと思う。」から兄の名前がマサシゲであることがわかります。架場が「もっと早くに何か積極的な手を打とうとしなかった」のも、友人としての立場よりも兄を殺されている架場の心理が優先してしまったことを表しており、最後は「それは決して、誰にも話すものではない。」として締めくくられています。