『カササギ殺人事件』アンソニー・ホロヴィッツ 感想・考察

ミステリーランキングを総なめした『カササギ殺人事件』。上下巻となかなかのボリュームなのですが、やっと積読本を積み上げている私にも出番が回ってきました。今回は話題作でも群を抜いた評価を獲得した海外ミステリー小説について紹介していきます。

『カササギ殺人事件』アンソニー・ホロヴィッツ

どんな作品か

2019年各賞の海外部門を4冠+諸々を獲得したアンソニー・ホロヴィッツの『カササギ殺人事件』。アンソニー・ホロヴィッツという小説家の名前は正直この4年間でとんでもなく有名になってしまったのではないかと思います。この『カササギ殺人事件』以後に出す小説は例外なく、毎年各賞を総なめするものすごい勢い。戦線気鋭の若手作家なのかとも予想されるかもしれませんが、彼は2022年現在67歳ともう引退していてもおかしくない年齢です。元々は、テレビ・映画の脚本を手掛けていた人物のようで、一般小説の執筆は『シャーロック・ホームズ 絹の家』からとなります。いやー彼のおかげで本当ここ最近の海外部門ランキングはとんでもない状況になっています。

  • 第1位 「このミステリーがすごい!」(2019年・海外編) 
  • 第1位 「週刊文春ミステリーベスト10」(2019年・海外部門)
  • 第1位 「本格ミステリ・ベスト10」(2019年・海外編)
  • 第1位 「ミステリが読みたい!」(2019年・海外編)
  • 第1位 「SRの会ミステリーベスト10」(2018年・翻訳部門)

さて、本作『カササギ殺人事件』。上巻・下巻の2冊構成となっており、トータル約700ページ。普段小説を読み慣れていないとなかなか最後まで読み切るのは大変かもしれません。ですが、途中の内容はどうあれ、必ず最後まで読むことをお勧めします!最後まで読まないで諦める、そんなことは大変勿体ない。どんなにしんどくても最後まで読んで本作に仕掛けられた大胆なトリックを味わっていただければと思います。

1955年7月、サマセット州にあるパイ屋敷の家政婦の葬儀が、しめやかに執りおこなわれた。

鍵のかかった屋敷の階段の下で倒れていた彼女は、掃除機のコードに足を引っかけて転落したのか、あるいは……。

その死は、小さな村の人間関係に少しずつひびを入れていく。

燃やされた肖像画、屋敷への空巣、謎の訪問者、そして第二の無惨な殺人事件。病を得て、余命幾許もない名探偵アティカス・ピュントの推理は――。

何が面白いのか

今にも死にそうな名探偵・アティカス・ピュントによる難事件の捜査

本作品の主人公はこれまで様々な事件を解決してきたと言われるアティカス・ピュント。ただし、彼の身体は病に侵されており、今にも死にそうな状況となっています。そんな中でも、事件解決に向けて歩を進めるピュント。事件捜査の刑事とは見えてる世界が異なるということもあり、独特の観点で捜査に助言を加えていきます。このアガサ・クリスティ作品を彷彿させる古典的ミステリーの中で起こる猟奇的な殺人事件。ぜひピュントと共に捜査を進め犯人が誰か推理しながら楽しんでいただければと思います。

『カササギ殺人事件』に組み込まれた壮大かつ贅沢な仕掛け

多くを語ることはできないのですが、本作品『カササギ殺人事件』には相当な仕掛けが組み込まれています。上下巻と若干ボリュームがありますが、その仕掛けは必ずすべてを読まないとわからないものとなっており、その結末で明かされる衝撃に多くの読者が驚かされたのは間違いありません。

以下ネタバレ考察。必ず本を読んだ後にご覧ください。

【ネタバレあり】全体的な感想

本当すごい作品ですね。上巻すべてを作中作にしてしまい、そこから別の小説を走らせるという荒業がちゃんと双方で成立するという展開。正直評判があまりにも高かったため、上巻の途中までは本当に大丈夫だろうか、と思ってしまったほどでした。

上巻の冒頭は本作品が作中作であることを述べる文章から始まります。この段階でどういう仕掛けをしてくるのかワクワクしてしまうのですが、上巻は作中作しか語られておらず、このまま作中作だけで完結させる勢いのまま事件の捜査が進んでいくことに。とはいえ、この事件の捜査が若干しんどかった、と言いましょうか。海外古典の探偵小説にありがちなひたすら訊問して場所と人を移動して、また訊問しての繰り返し。動きがあまりに少ないんですよね。おそらくこのダラダラとした伏線落としの流れにもう少しメリハリがある方が日本人向けになるのかなとも思いました。

あと、上巻のラストはいい感じな締め方で下巻に手が伸びてしまうのですが、ちょっと下巻の流れが違うので、そこもまた難しいポイントです。

下巻は完全に別物語。スーザンによる探偵小説が展開していきます。上巻と同じで色々仕掛けを張り巡らしている点はわかるものの、やはり道中があまりに単調でひたすら訊問を繰り返す展開は少々つらかったなぁと。

ただ、道中のつらさを吹き飛ばす結末への持っていきかたは興奮しましたね。本当にすごい。この作中作とスーザンの物語がこういう形で重なりあり、最後は両方のカササギ殺人事件で驚くべき結末を迎える仕掛けは類を見ない希少な作品と感じました。

【ネタバレあり】伏線と考察

アティカス・ピュントによるサー・マグナス・パイ殺しの犯人捜し

上巻で展開されるサー・マグナス・パイ殺しの犯人捜し。かなりミスリードが綿密に組まれているため、犯人を当てるのはかなり難しい印象を感じました。ただ、そうはいっても、消去法的に犯人が特定されやすい構造になっていたため、事件背景を抜きにして犯人を特定するだけであれば意外とできてしまうのではないかと。

だが、ヘンリエッタにはまだもうひとつ、本当は言いたかったことがあった。夫の袖についていた血の染みのことだ。この目で見つけたのだから、まちがいない。夜が明けるのを待って、ヘンリエッタはそのシャツを沸騰した湯で洗い、漂白した。そのシャツはいまも選択紐にぶらさがり、陽射しを浴びて乾きつつある。あれはいったい誰の血なのか、夫に訊きたい。どうして袖に血の染みがついたのか。しかし、そんな問いを口に出す勇気はなかった。夫の罪を暴くことなどできない。できるはずがないではないか。

『カササギ殺人事件』(上巻)P.168

オズボーン牧師夫妻は比較的早い段階で犯人から除外されることになります。もちろんオズボーン牧師がサー・マグナス・パイを殺してのこのこ帰ってきて妻に血の付いたシャツを洗ってもらった、という流れを考えてもよいのですが、犯人が何も知らない妻に血の付いたシャツを洗わせるなんてことはないでしょう。必然的にオズボーン牧師夫妻は犯人にはなり得ず、犯人でないオズボーン牧師の袖にどうして血が付いたのかを推理する流れになっていきます。

「あそこです!」ブレントは一同を連れ、芝生を横切った。目の前には、暗く油のように静かな湖が、森を背景に広がっている。おそらくロバートから聞いた話のせいか、あたりには何かひどく禍々しい気配がはっきりと感じられた。太陽が明るく輝けば輝くほど、湖面は黒さを増す。湖から五、六メートルというところで、一同は足をとめた。寸分の狂いもなく憶えているといわんばかりに、ブレントが地面を指さす。「ここにあったんですよ」

『カササギ殺人事件』(上巻)P.294

サー・マグナス・パイの屋敷から盗み出された銀製品の行方を捜査する中で、怪しい使用人・ブレントおよび前科持ちの骨董屋・ホワイトヘッド夫妻はシロということになります。やはりブレントが正直に銀製品を拾った場所を言ったことで、買取主であるホワイトヘッドも犯人の行動としては不自然な状況になってくるため、容疑者がさらに絞り込まれることとなります。

残りは、双子の妹・クラリッサ・パイと医者レッドウィング夫妻ですが、彼らはパイ家の出生の秘密に纏わるエピソードから、動機面で犯人にするには難しい状況となります。特に、サー・マグナス・パイには生きていてもらわないと困るような流れが展開されるのも一因ですね。

そして、以下の疑問に答えるためには、ロバートが真犯人でないと成立しそうにない状況が終盤で出来上がっていきます。
・なぜメアリは「ロバートが職に就くこと」を快く思わなかったのか
・なぜメアリとロバートは弟・トムが死亡した場所に住み続けたのか
・なぜメアリはロバートがジョイと結婚することに反対していたのか
・弟・トムはなぜ死んだのか
・ロバートの父・マシュー・ブラキストンがパイ館に来た時に、なぜサー・マグナス・パイが死んでしまった犬の話をしたのか

とはいえ、物語に出てきた手紙が実は2通あったことなど、下巻の最期で明かされる事実を読まないとたどり着けない全体像には、本当に驚かされました。

皮肉にもスーザンが下巻序盤で分析した犯人として最も有力な人物がロバートであり、その描写がそのままそっくり記されているところはニヤっとしてしまうところです。

最終章でついに婚約者の仮面が剥がれ、ジョイの望みが打ち砕かれる場面は、まざまざと目に浮かぶ。わたしなら、そんな結末を選ぶだろう。

『カササギ殺人事件』(下巻)P.12

スーザン・ライランドによるアラン・コンウェイ殺しの犯人捜し

下巻で展開されるアラン・コンウェイ殺しの捜査ですが、こちらもこちらで1本の作品として仕上がっています。ですが、魅せ方が本当にすごい。堂々と犯人捜しもするし、アナグラムによるメッセージを込めたりと盛りだくさん。特に、翻訳前後のアティカス・ピュントシリーズのアナグラムには驚嘆させられました。

  • AP Investigates(翻訳版:アティカス・ピュント登場)
  • No Rest for the Wicked(翻訳版:慰めなき道を行くもの)
  • AP Takes the Case(翻訳版:愚行の代償)
  • Night Comes Calling(翻訳版:羅紗の幕が上がるとき)
  • AP Christmas(翻訳版:無垢なる雪の降り積もる)
  • Gin and Cyanide(翻訳版:解けぬ毒と美酒)
  • Red Roses for Atticus(翻訳版:気高きバラをアティカスに)
  • AP Abroad(翻訳版:瑠璃の海原を越えて)
  • Magpie Murders(翻訳版:カササギ殺人事件)

原題の1文字目を並べてみると「AN ANAGRAM」となり、本シリーズがアナグラムを用いた作品であることがわかります。また、原題は非常にシンプルな題名を採用しており、文学的な表現というわけではなく、全く人気のなさそうな古典作品のような題名をしていますね。少々意外でした。

そして、翻訳版の題名がすごいこと!こんなオシャレに翻訳し尚且つアナグラムを日本語でも成立させています。翻訳版の1文字目を並べてみると「アナグラムとけるか」となり、原題の趣旨に沿ったメッセージが完成するという。素晴らしいですね。

少々感じてしまうのは、スーザンの会社は探偵小説を取り扱っているくらいなのだから、5作目くらいにアナグラムに気づけないのかな、とも思いましたがまぁそこは目をつむっておくのが良いのでしょう笑。

さて、本作品・下巻の犯人の動機となった探偵の名前アティカス・ピュント。さすがにこの部分は原題に沿う形でないと、アナグラムは完成できそうにない制約条件下なので致し方ありません。

Atticus Pund(翻訳版:アティカス・ピュント)

→(アナグラム解読後)A Stupid Cunt(意訳:馬鹿XXX)

人気の探偵役の名称をこういうアナグラムにしてしまう、というとんでも設定。「Cunt」は女性器名称のスラングであり、かなり下劣なワードのひとつ。そんなものをよう小説内で出したなぁと逆にアンソニーの表現力に笑ってしまいました。

なぜ「カササギ殺人事件」の結末部分はなぜ隠されたのか

ややわかりづらいという声も少数であったのですが、なぜ「カササギ殺人事件」の結末部分が隠されたのか、についてだけ補記しておこうかなと。

アラン・コンウェイは真犯人であるCEOチャールズ・クローヴァーによって殺されたのですが、チャールズは「カササギ殺人事件」の結末部分を隠していたことが最終幕で発覚します。

アランの遺書は、「アランが本当に書いた手紙」と「カササギ殺人事件のチャールズ・カントの手紙」を組み合わせて作成されていました。すなわち、「カササギ殺人事件」の結末部分が公になってしまうと、このアランの遺書の一部が(チャールズによって)偽造されたものであることが発覚してしまうことになります。そのため、チャールズは「カササギ殺人事件」の結末部分を隠すことにしたのが事件の真相となります。

ただ、この点については正確でない面もあり、”なぜチャールズは「カササギ殺人事件」の結末部分を処分・破棄しなかったのか”は謎のままとなっています。結局、すでにデータ等の一切を削除していた以上、結末部分を引き出しに残しておく必要はなく、すべて燃やすなりシュレッダーにかけるなりしておけば、リチャードが犯人である証拠は誰にもわからない状態が作れたと言えます。(ただ、それではミステリー小説にならない、というお話ですが……)

私のおぼろげな記憶だと、たしか終幕付近で”チャールズがなぜか処分せずに大切に持っていた”旨が言及されていたような記憶もあるのですが、複数回読み返しても該当箇所が見つからず若干諦めています。(わかる方いればぜひ教えてください)

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