今回は超が付く売れっ子作家となったアンソニー・ホロビッツの作品を取り上げたいと思います。ちょっと時期的には遅いのですが、できる限り優先的に読むようにしようとこの本を読んで思いなおしました。
目次
『メインテーマは殺人』アンソニー・ホロヴィッツ
どんな作品か
話題の作家・アンソニーホロヴィッツの作品『メインテーマは殺人』。これも素晴らしい作品ですね。国内での評価は抜群に高く、以下のような輝かしいランキングを獲っています。
- 第1位『このミステリーがすごい! 2020年版』海外編
- 第1位〈週刊文春〉2019ミステリーベスト10 海外部門
- 第1位『2020本格ミステリ・ベスト10』海外篇
- 第1位〈ハヤカワ・ミステリマガジン〉ミステリが読みたい! 海外篇
自らの葬儀の手配をしたまさにその日、資産家の老婦人が絞殺されるところから物語は始まります。あなたは、無数の伏線が散りばめられた中から、事件の真相を暴き出すことはできるでしょうか。ぜひ挑戦してみてください。
自らの葬儀の手配をしたまさにその日、資産家の老婦人は絞殺された。 なぜ彼女は自分自身の葬儀の手配をしたのか。 作家のわたし、アンソニー・ホロヴィッツは、ドラマの脚本執筆で知りあったホーソーンという元刑事から連絡を受ける。 ホーソーンは、この奇妙な事件を捜査する自分を本にしないかというのだ。 かくしてわたしは、きわめて有能だが偏屈な男・ホーソーンと行動をともにすることになったのだが・・・
何が面白いのか
なぜ夫人は自分の葬儀の手配をしたのか
本作品の最大の謎である「なぜ夫人は自分の葬儀の手配をしたのか」。夫人殺害事件の犯人捜しが本作品の大きなテーマである一方で、夫人の不可解な行動の解明が本作品の大きな主題になってきます。夫人を取り巻く多様な環境から、過去の事件やハリウッドで活躍する息子への訊問など様々な関係者を巻き込んで物語は進みますが、その謎は最後に明かされることとなります。
過去の事件は物語にどうかかわってくるのか
夫人殺害事件の犯人捜しの中で、夫人が過去に起こした交通事故についての調査が行われます。過去、夫人は子供二人を車で撥ねてしまう交通事故を起こしており、すでに裁判まで終わった事件ではあるのですが、調査を進めれば進めるほど、奇妙な事実関係が明るみになっていきます。
過去の夫人が起こした交通事故は、夫人殺害事件にどうかかわってくるのか、過去の事件の解明も合わせて推理していくこととなります。
語り手である作家・アンソニーの行動で物語の展開は大きく動く・・・
本作品の語り手は著者であるアンソニー本人です。アンソニーは不器用ながらもホーソーンに付いて行きながら、判明した事実を書き記していきますが、アンソニーはとあることに気づきます。その後の展開は物語を読んで確認いただければと思いますが、アンソニーの動向で物語は大きく動くこととなるため、作家本人の立ち回りにも注目が話せません。
以下ネタバレ考察。必ず本を読んだ後にご覧ください。
【ネタバレあり】全体的な感想
いやはや、もっと早く手に取って読んでおくべきでしたね。こんなにも読みやすくてのめり込む小説も珍しい。さすが大賞を総なめしただけのことがあります。元々、海外作家に手を回せるほど年間読書数が多くなかったため、ほとんどノータッチだったのですが、この作品を読んで、ホロヴィッツについては他作品も読まねば!という想いに駆られました。
読んでいて感じるのが、古典ミステリ・・・特にアガサ・クリスティの作品を読んでいるときのようなテンポの良さ。次々に判明する新しい事実とそこからの考察。物語の探偵役・ダニエル・ホーソーンの後ろを追いかける作家かつ本人のアンソニー・ホロヴィッツ。そして、アンソニーが書いた小説から推理を巡らせる読者である私自身。
目線がアンソニー視点であり、ホーソーンの推理を倒叙的に読み解いていく流れにもなっており、事件解決の伏線とホーソーンの行動の伏線の双方が織りなす推理し甲斐のある作品となっています。訊問パートが中盤あたりにかけて冗長に続いた印象があったのがやや不満ポイントですが、全体でみると最後のクライマックスに向けて駆け抜けていった感もあり、すばらしい完成度と感じますね。
探偵役のホーソーンが人間的に全く好きになれないタイプだったので、そのへんは不快な気分で読むこととなりましたが、へっぽこアンソニーとのバランスを考えるとまぁそれも良いのかなと。
犯人当ての難易度もやや高く、最後まで犯人が絞れずにクライマックスに到着してしまいました。シェイクスピアなどの舞台に関する背景知識やほんの一瞬のワードにヒントが散りばめられており、様々な角度から推理していれば辿り着けるような作品だったんじゃないかなと。また、その一方で、過去の交通事故のミスリードは事件と直接関係なかった、という展開も物語を脚色するいい流れだったなと改めて思います。おすすめの海外作品となりました。
【ネタバレあり】伏線と考察
ダイアナ・クーパーが自分自身の葬儀の準備をした理由
本作品が読者を一気に惹きつける出来事として、”ダイアナ・クーパーが自分自身の葬儀の準備をしに葬儀屋へ行ったこと”が挙げられるかと思います。彼女はなぜ自分自身の葬儀の準備をしようと思ったのか。その謎が物語の重要な鍵になってくることとなります。
当初の現場検証や関係者からの訊問などから得られた情報では、ダイアナ・クーパーが葬儀屋へ行ったことの理由はかなり曖昧と言いましょうか、よくわからない状況となっています。ですが、物語が進むにつれて様々な事実が明るみになり、おそらく勘の良い方はその理由に気づいたのではないでしょうか。
(ちなみに、私はその他色々な不可解な事件が並走することもあって、なぜ葬儀屋へ行ったのかという理由がすっぽり抜け落ちていたまま読み進めてしまいました)
いくつかの事実関係がそれを指し示していますため、ここに記載しておきます。
ホーソーンは洗面台の上の戸棚を開け、三箱のテマゼパムー睡眠薬を取り出すと、それをわたしに見せた。
「おもしろい」ずっと無言のままだったホーソーンが、ようやく発したひとことだ。
『メインテーマは殺人』アンソニー・ホロヴィッツ P.71,72
おそらくホーソーンは、部屋に睡眠薬があることで夫人は自殺を予定していた可能性を思いついたのだと思います。
「枕のへこみのことかな?あれは、夫人の頭の跡だと思ったんだが」
「そんなはずはないだろう、相棒。夫人があんな短くてふわふわした髪の持ち主で、ついでに魚の臭いをさせてるというんなら話は別だが。夫人はベッドの左側に寝てたんだよ。本もそっち側に置いてあったじゃないか。猫のほうは、同じベッドの反対側に寝てたのさ。かなり大きな、ずっしり重い猫だろう。だから、おそらくペルシャ猫だと見当をつけたんだ。いかにも、クーパー夫人が飼っていそうなペットだよなーだが、この家のどこにもいない」
『メインテーマは殺人』アンソニー・ホロヴィッツ P.73
一緒に寝て生活していた猫が突然消えていなくなっていた事実。これも彼女がいた孤独な環境に追い打ちをかけた事実として描写されています。
「じゃ、何がわかったか話してくれてもいいじゃないか」わたしは言いかえした。「きみは犯行現場を見た。通話記録もね。葬儀屋とも話した。ここまでで、まだ何もわかってはいないのか?」
わたしの言葉に、ホーソーンはしばし考え込んだ。その目には、何の表情も浮かんでいない。おそらくはすぐさま突っぱねられるだろうと、ほんの一瞬、わたしは覚悟した。だが、どうやらわたしを気の毒に思ってくれたのだろう、こんな答えが返ってきた。
「自分が死ぬことを、ダイアナ・クーパーは知ってたんだよ」
『メインテーマは殺人』アンソニー・ホロヴィッツ P.99
ここまでの情報で探偵ホーソーンは「ダイアナ・クーパーは自分が死ぬことを知っていた」を明言しています。つまりは自殺をする予定であったことに確信を持ったようです。
その後、葬式の際の描写などで、参列者が少ない点や涙を流す人がほとんど皆無である点、劇場プロデューサーからの投資詐欺めいた話で金を失ってしまった点など、ダイアナ・クーパーが孤独で寂しい生活をしていたことがわかる描写が複数出てきます。
ゴドウィン家の交通事故の真相
中盤はこのゴドウィン家の交通事故の真相解明に多くの時間が割かれることになります。とはいえ、ダイアナ・クーパー夫人殺害事件との関連性はなかったのですが、この話がきっかけでナイジェル・ウェストン判事の自宅が放火されたりと物語を脚色する話となっています。
ダイアナ・クーパーが運転する車が二人の子供(ティモシー・ゴドウィン、ジェレミー・ゴドウィン)を跳ね飛ばし、そのままクーパー夫人は現場から逃走したというのが事件のあらましです。もちろん事実関係は揺るぎませんが、当時の現場では二人の子供が閉店して暗くなっていたアイスクリーム屋へ向かって走っていった、という奇妙な証言から交通事故の真相が少しずつ解明されていきます。
最終的には、父・アラン・ゴドウィンと乳母・メアリ・オブ・ライエンが結ばれており、浮気旅行で現場にいたアランを見つけた子供達が走り出し、車に轢かれてしまったことが明かされます。
この交通事故の真相について、序盤で推理するのは難しいのですが、ダミアンへの訊問の際に”ゴドウィン家を訪問した際の訊問パートで”消えた謎の目撃者”の件が出てくるため、そこで父と乳母が関係を持っていると推理できた方もいるのかと思います。
ホーソーンはいつの時点で犯人が誰か気づいたのか
さて、真犯人である葬儀屋のロバート・コーン・ウォリスについて、いつ彼が犯人であるかホーソーンは確信を持ったのでしょうか。正直、物語の中ではかなりの中盤までゴドウィン家の交通事故との関連でホーソーンは積極的な訊問をしており、犯人を絞り切れていなかった印象があります。
ただ、一方でコーン・ウォリス&サンズ社を最初に訪問した際に、アンソニーに余計な口出しをするな、と釘を刺したことからも、犯人である可能性を持っていたのは間違いないかと(とはいえ、全関係者に捜査情報の漏洩となるような発言を嫌った、と解釈する方が自然かもしれません)。
最終的には、その不用意な発言でナイジェル・ウェストン判事の自宅が放火させられてしまうことを考えると、よくつながった展開だなと改めて感心させられます笑。ぜひホーソーンがいつ確信を持ったのかわかる方いたら教えてください。
原題は『The Word Is Murder』
本作品の原題は『The Word Is Murder』となっており、日本語版の『メインテーマは殺人』からアレンジを入れていることがわかります。原題をそのまま直訳してしまうと、「その言葉は殺人」という表現になってしまい、内容とリンクしなくなってきてしまいますからね。
ホーソーンを主人公にした小説を書く、という流れから出た言葉であるだけに、小説の『メインテーマは殺人』であることを敢えて押し出した表現として翻訳を介すことで、よりわかりやすくなったかと思います。
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