『ユダの窓』カーター・ディクスン 感想・考察

超名作。アメリカの推移小説作家カーター・ディスクンの『ユダの窓』を取り上げます。この作品、私はものすごく好みでしたね。とにかく読んでいて楽しい。結末に仕掛けられた物理トリック、法廷舌戦含め、ワクワクしながら最後まで楽しく読んでしまいました。80年前の作品とは思えない、無類の名作と言えるのではないでしょうか。

『ユダの窓』カーター・ディクスン

どんな作品か

『ユダの窓』は私の大好きな作品のひとつとなりました。正直もっと早く出会いたかったと評していいほど惚れ惚れする作品です。もちろん本作品の評価は国内外で非常に高く、以下のようなものがあります。いずれも歴代ランキングに該当するもので、国内だと週刊文春が実施する「東西ミステリーベスト100」が有名かと思います。

  • 第5位 「カー問答」(月刊宝石・江戸川乱歩による選出・第1位グループ)(1950年の特集)
  • 第5位 「密室大集合 アメリカ探偵作家クラブ傑作選(7)」(1981年)
  • 第35位 「東西ミステリーベスト100」(週刊文春・1985年)
  • 第44年 「東西ミステリーベスト100」(週刊文春・2012年)

本作品は法廷ものであり、動きが極めて少ない中で展開される物語です。しかし、事件の謎となる密室殺人事件、ウィスキーグラスに薬を混入させられた青年が目覚めたときに目の前にある死体、そして死体に突き刺さった矢、無実の罪で青年は裁かれてしまうのか、ページをめくるたびに驚くべき展開が現れ、とにかく読んでいて楽しい作品でした。

海外ミステリの有名作品は探偵小説なども多く、「起承転結」の「結」に偏重した作品が多数あります。ですが、本作品は「承」がとにかくいい!相当な私好みなものとなっています。最後にバズーカ級のどんでん返しで挽回する作品も悪くはないですが、道中はもちろん最後の最後までフーダニットをあますことなく突きつける本作品の展開は本当に見事だなと感じます。これを読んで、本作品以外のカー作品をもっと読まねばと思いました。

1月4日の夕刻、ジェームズ・アンズウェルは結婚の許しを乞うため、恋人メアリの父親エイヴォリー・ヒュームを訪ねる。

書斎に通されるジェームズ。

エイヴォリーから結婚を祝う一杯としてウイスキーを飲むのだが、直後にジェームズは意識を失うこととなる。

ジェームズが目を覚ましたとき、目の前にいたのは胸に矢を突き立てられて事切れたエイヴォリーの姿。

部屋の中はすべての窓、扉の鍵が閉められており、密室状態の中に自分だけ。

殺人の被疑者となったジェームズは中央刑事裁判所で裁かれることとなり、ヘンリ・メリヴェール卿が弁護に当たる。

被告人の立場は圧倒的に不利、十数年ぶりの法廷に立つヘンリ・メリヴェール卿に勝算はあるのか。

何が面白いのか

法廷モノの本格海外ミステリ

本作品の舞台はイギリスの法廷。無実の罪で訴えられた被告人。状況証拠は明らかと言っていいほど、犯人が被告人であることを指し示す状況。そんな絶対絶命の状況からどうやって被告人を弁護するのか。場面はこんなにも狭いにも関わらず、こんなワクワクさせる舌戦はなかなかないと思います。ぜひ密室殺人事件の謎を本作品の読み手であるケン・ブレークとともに推理していくと良いでしょう。

とにかくページが止まらない!予想を覆す展開に読者唖然

この作品は本当に読む手が止まらなかったですね、チャプターごとに話が進んでいくのは通常ですが、そのたびに驚くべき展開が判明し、とにかく次へ次へと読みたくなる構成も特徴として挙げざるを得ません。新しい事実が判明するたびに物語の真実に一歩ずつ近づきつつ、「では誰が犯人なのか」「どのように密室が生まれたのか」という謎にぶち当たることになります。

密室殺人の謎、真犯人の正体、そして裁判の行方

『ユダの窓』とは何を意味しているのか、密室殺人はどのように行われたのか、真犯人は誰なのか、そして裁判の結果はどうなるのか、もう手に汗握る展開は止まらず、最後まで驚きの連続となってしまうかと思います。ぜひネタバレをどこかで知ってしまう前に読むことをお勧めします。

以下ネタバレ考察。必ず本を読んだ後にご覧ください。

【ネタバレあり】全体的な感想

いやはや、本当に面白かった!こんなに面白い作品なのに今まで順番が回ってこなかったのが惜しいくらいの傑作と感じています。

すばらしいポイントは無数にあり、物理トリックだけでなく、法廷描写、ストーリー展開、そして段階的なフーダニットによる探偵小説としての変化が仔細に組み立てられている構成は全く色褪せない名作と言いようがないなと。

特に、「起承転結」の「承」に徹底した読者の関心を引き続ける工夫を凝らしており、とにかく読んでいて楽しい作品だったのは間違いありません。最近の海外ミステリの中には結末のトリックに偏重させて、衝撃的なトリックで良作に分類されるものも多く、道中が極めて苦痛な作品も多いと言えます。

本作品の発表年は1938年ですよ!80年前の作品にもかかわらず、今読んでもこんなにも熱中して読める作品は本当に稀有かと思います。

本作品をきっかけにカーの名作をちゃんと読まなきゃなと思った次第です。

【ネタバレあり】伏線と考察

密室殺人はどのように発生したのか

本作品のトリックは複雑で、複数人の思惑が偶発的に発生したことから生じています。ミステリーに慣れていないと、かなり難しく感じてしまった方もいるのではないでしょうか。

  • ジェームズ・アンズウェルをレジナルド・アンズウェル大尉と誤認してしまったエイヴォリー
  • レジナルド・アンズウェル大尉に向けたエイヴォリー・ヒュームの策略
  • エイヴォリー・ヒュームの策略を利用したアメリア・ジョーダンの策略

人物誤認の仕掛けは、本文中で「アンズウェル」としか呼ばれない被告人の状況を鑑みると、比較的レジナルド大尉との人物誤認トリックが仕掛けられていることに気づけるかと思います。ただ、本トリックは作中の中盤程度ですぐに種明かしされており、決して本流のトリックではない位置づけなのもなかなか憎いところです。

エイヴォリー・ヒュームの策略

過去、メアリ・ヒュームとレジナルド・アンズウェル大尉の間には関係があり、そこを理由に今回のジェームズとの結婚に対してレジナルド大尉がメアリを脅迫したことがエイヴォリーが行動を起こすきっかけとなっています。

エイヴォリーはレジナルド大尉の脅迫に憤り、レジナルド大尉を罠に嵌める策略を計画します。このとき、その補佐約として弟のスペンサー・ヒュームも計画に参加することとなります。

エイヴォリーの計画は当初以下のように組まれていました。

  1. レジナルド大尉を書斎に呼ぶ
  2. レジナルド大尉のウイスキーに薬を混ぜて眠らせる
  3. レジナルド大尉が寝ている際に、部屋の鍵をかけ、壁のアーチェリーを取り、エイヴォリーは手に切り傷を付ける(矢にはレジナルド大尉の指紋を付ける)
  4. レジナルド大尉にミントを飲ませ薬の反応を消す
  5. 飲ませたウイスキーのデカンター、サイフォン、グラスはサイドテーブル下の棚に隠しておいた未使用のものと交換する(使用した物は棚の中に隠す)
  6. レジナルド大尉を起こし、「レジナルド大尉が半狂乱になってエイヴォリーに怪我を負わせたこと」をスペンサーに証人となってもらう

大体こんな流れですね。本来レジナルド大尉がターゲットになるべきだったところ、顔を知らなかったジェームズ・アンズウェルがそのターゲットになってしまったという。結婚をするのだから、初顔合わせは娘のメアリは付いて行ってやりなさいよ、とついつい思ってしまうのですが笑。まぁ、そうだとすると事件が成立しなくなっちゃいますね。

秘書アメリア・ジョーダンの策略

上記のエイヴォリー・ヒュームの策略では、実際にエイヴォリーは殺されることはないのですが、ここに秘書アメリア・ジョーダンが絡んできたことで話が全く異なる姿に変貌します。アメリアは元々動機としてエイヴォリーとの再婚が叶わなかったこと、またエイヴォリーの遺言書の書き換えに憤怒したことで、エイヴォリーに恨みのような感情を持っていました。ここで興味深いのが、アメリアが策略に加担したタイミングであり、それが事件発生の15分前だったことが終盤で明かされます。

アメリアはエイヴォリーの策略に従いつつ、その密室状況がより完全となるように、エイヴォリーを説得し策略に使用したウイスキーグラス等を部屋の外に持ち出します。そして、事前に準備していたユダの窓(ネジを外したドアノブから見える四角形の穴)からクロスボウでエイヴォリーを殺害します。

ただ、アメリア・ジョーダンの作戦はかなり紙一重の上で構築されていたと言えます。スーツケースの中に凶器を含めた殺害に使用した小物を詰め込んでいたことから、その計画の脆さをヘンリ・メルヴェール卿が終盤で語っています。執事のダイアーが指紋採取のためのスタンプ台を探していた経緯から、弟スペンサー・ヒュームのゴルフ服の所在を疑われる側面がありました。そのため、アメリアは急ぎで(凶器が入った)スーツケースを家の外に持って行ってしまう必要があった、というかなり危ない橋の上に成り立っていた計画だったことがわかります。

訴追者側は事実でないとわかっていても最後まで裁判を続けた

個人的になんだかイギリス人っぽくて好きだなぁと感じます。明らかに訴追者側の弁護人サー・ウォルター・ストーム法務長官は、自分の弁論内容に論理的な明瞭性がないことを途中から感じ始めているにもかかわらず、最後まで真摯に自身の弁護士としての立場を貫く姿は逆に敵ながら素敵だなと感心してしまいました。

このイギリスという国柄に係る部分で気になったところとして、『ユダの窓』はイギリス・ロンドンを舞台に描かれているのですが、作者のカーター・ディクスンはアメリカ人なんですよね。ちょっとこの辺も面白いところです。

『ユダの窓』の意味

本作品では物理トリックとして用いられたドアノブを外した際にできる穴のことを「ユダの窓」と呼んでいます。ヘンリ・メリヴェール卿は作品の序盤で「ユダの窓」が密室トリックのミソであることを明言しており、読者はその存在の意味を考えながら、最終局面まで読み進めることとなります。

では、なぜ本作品の「ドアノブを外したときの穴」は「ユダの窓」と表現されたのでしょうか。

これは事件全体を考えてみると、まさに「ユダの窓」以外の表現はなく、これまで14年間ともに暮らしてきて寄り添ってきた秘書アメリアが主人であるエイヴォリーを裏切ること、すなわちユダとなることにかけられて付けられたタイトルであることがわかります。タイトルの段階ですでに犯人を示唆しているこの表現、いいですね。


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