『告白』湊かなえ 感想・考察

今では超有名作家の一人・湊かなえ氏のデビュー作。映画化もされており、そちらは大ヒット。映画版も極めて優れた完成度であり、小説版とも甲乙つけがたい出来なのは間違いありません。小説には小説特有の狂気が潜んでおり、最後まで読んだときの気分たるや‥‥なかなか語りがたいものがあります。

『告白』湊かなえ

どんな作品か

イヤミス界の代表作・傑作とされる本作。「読んで厭になるミステリー」という何ともおかしなジャンルですが、今では確固たる地位を確立していることもあり、この「読んで厭になる」という感覚が世間に広く認知され一定の人気を獲得しているのは興味深いですね。そして、私もイヤミス系の小説は結構好きだったりします。中毒性があるというわけではないですが、世の中なんでもハッピーエンドというほど綺麗ではない現実を否応にも感じさせる稀有な存在だからかもしれません。

小説としては極めて優れていて、本当によく推敲されているなと感じます。内容に目を惹きがちですが、文章表現や構成方法についても私は素晴らしいなと思う作品です。

  • 第4位 このミステリーがすごい!(2009年・国内編)
  • 第1位 週刊文春ミステリーベスト10(2008年・国内編)
  • 第3位 ミステリが読みたい!(2009年・国内編)
  • 大賞受賞 本屋大賞(2009年)

受賞歴を見てもミステリとしての評価はもちろんですが、何より全ジャンルで評価される本屋大賞で大賞を受賞している点が本当にすごいですね。もちろん本作品の好き嫌いは大いに分かれるものでありますし、映画化もされているため映像から入った方だと印象はだいぶ変わるかもしれません。とはいえ、本作品の映画はこれまた別の意味で極めてよくできているため、私は好きな作品となっています。

「愛美は死にました。しかし事故ではありません。このクラスの生徒に殺されたのです」

我が子を校内で亡くした中学校の女性教師によるホームルームでの告白から、この物語は始まる。

語り手が「級友」「犯人」「犯人の家族」と次々と変わり、次第に事件の全体像が浮き彫りにされていく。

何が面白いのか

着地の見えない狂気に満ちたストーリー

各章が誰かの「告白」により構成される本作。第一章から恐ろしい話が飛び出し、その流れは留まることをしらず、次々に恐ろしい展開へ結びついていく狂気に満ちたストーリーが描かれます。どこに着地があるのか、読者は最後に何を見せられるのか、皆目見当が付かない状況で本物語は進んでいくことになりますが、その次々に明かされる驚愕の事実に多くの読者は震撼したのではないでしょうか。

イヤミス界の名作と言われる本作品。ぜひその暗澹たる世界を堪能していただければと思います。

結末で待ち受けているもの。最後の告白で明かされる更なる狂気

登場人物皆狂っていると表現して差し支えない本作品。物語のキーパーソンである担任教師・森口悠子は娘を殺されて何を思ったのか。第一章からは想像を超えた恐ろしい狂気が結末で明かされることになります。いや~本当怖いですね、お化けとかゾンビとかじゃなく、狂気に駆られた人間って本当怖い。でも病みつきですね、こういう作品は。ぜひ体験して感想を聞かせてほしいなと思います。

以下ネタバレ考察。必ず本を読んだ後にご覧ください。

【ネタバレあり】全体的な感想

恐ろしかった。何とも恐ろしかった小説。そして、「うわぁ」という結末。

もともと10年以上前に映画版を観ていたんですよね。そのため、小説の内容はうろ覚えでほとんど忘れていたものの、牛乳に何か悪い物を教師が仕掛けたくだりなどはちゃんと覚えていました。ただ、途中からは忘れていたからなのか、小説で湧くイメージと異なるのかは定かではありませんが、ぐんぐんと惹きこまれ一気に最後まで読んでしまいましたね。

イヤミスというジャンルを確立させたと言って良い本作。内容に嫌悪感を抱く方も多いかなと感じますが、私個人は素晴らしい作品のひとつだと思いました。

特に、湊かなえ氏のデビュー作(厳密には本作品の第一章『聖職者』が第29回小説推理新人賞を受賞)にあたり、この内容でGOサインを出した出版社側担当者の漢気も惚れますし、徹底的に読者の希望を打ち砕く丁寧な構成も相当な推敲の上で構築されたものなのだとわかります。そして、『聖職者』を書きあげた直後に著者である湊かなえ氏は鼻血を出したというエピソードも本作品の狂気に一役買っていて大好きです。

こういう作品を好む読者の心理には世間から疑問符が付きそうな印象を感じてしまいますが、やはり私好みの作品であることは間違いありません。

【ネタバレあり】伏線と考察

読者の希望をことごとく破壊する新しい事実

本作品は全部で六章から構成されており、その各章が一人の人物の視点での「告白」内容となっています。各章で読者が僅かにでも抱く明るい希望。それを各章では容赦なく裏切る形で恐ろしい事実がひとつひとつ明かされていきます。

第一章「聖職者」は、担任教師・森口悠子(もりぐちゆうこ)による告白。自分の娘がクラスの生徒に殺されたことを告白した後、読者が望む事実は何だったのか考えると、それは「たとえ娘を殺されても、罪を改め更生してほしいと願う教師像」を一瞬でも描いた人はいるのではないでしょうか。そんな綺麗事を無視する形で明かされる事実。それは「エイズ感染者であった桜宮正義(さくらのみやまさよし)の血液を犯人生徒2名の牛乳パックに混入させたこと」でした。

第二章「殉教者」では、クラスの生徒・北原美月(きたはらみづき)による告白が描かれます。彼女の告白で、森口悠子が学校を去った後のクラスが壊れていく様子が描写されることとなります。告白の中で、毎週少年B・下村直樹(しもむらなおき)の自宅へ訪問していたことから、下村家の様子がどんどんと狂っていったかのような暗澹たる様子が描かれ、読者の気持ちはさらに暗く重い感情に押しつぶされます。そして、留目のような一撃として、「直樹が母親を殺した事実」が明かされます……。

第三章「慈愛者」は、下村直樹の姉・下村真理子の視点で描かれる告白ですが、その内容の大部分は母親の日記で構成されています。第二章は毎週訪問する生徒・北原美月の視点によって描かれた下村家崩壊の様子でしたが、ここでは母親の視点でどのように下村家が崩壊していったかが描かれます。「なぜ直樹が母親を殺すに至ったのか」その事実の背景にあるものが語られるのですが、「慈愛」という表現も皮肉に描かれてしまうものですね。子供への期待、過剰な愛情の行く末にある子供を殺して自分も死ぬ、という母親の判断がそこには書かれています。

第四章「求道者」は下村直樹による告白となります。彼の告白により、この母親殺し全体の事件像がはっきり見えてくることになり、その感情の根っこにある森口悠子の娘の殺害の真相が明かされていきます。「なぜ直樹は目を覚ました森口悠子の娘をプールに突き落とし殺したのか」この不可解な感情の理由が本章で描写されることに。もうこの章くらいまでなってくると、明るい未来などどこに見出していいのかわからない、本当に厭な気分に浸れる状況なのですが、物語はまだ続きます。

第五章「信奉者」もう一人の少年・渡辺修哉(わたなべしゅうや)による告白。少年B・下村直樹とは対照的な行動を取った修哉ですが、その心の奥底にある愛情に飢えた姿が本章で語られます。そして、彼は大勢の生徒を巻き込んだ自殺を図り、そのスイッチを押すことに。読者の中には、「自殺を思いとどまってくれる結末」や「偶発的な機械の故障などにより自殺が阻止される結末(自分の未熟さを改めて更生する物語)」などを描いた方がいるかもしれません。しかし、そこで描かれたのは「なぜか爆弾が消えていた」という不可解な事実。

第六章「伝道者」最後に再び森口悠子による告白で本作品は締めくくられます。またここでターンが森口に戻ってきたことで、読者は第一章で感じた「森口が心の中で彼らの更生を願っている姿」を期待した方もいたのではないでしょうか。しかし、湊かなえが描く本作品の描写は残酷で、一際恐ろしい結末が待っていました。

そして、第五章での消えた爆弾を受ける展開で用意された、渡部修哉を地獄に落とすために考え続けていた森口による復讐劇。誰も幸せにならないエンド。読者はどこかで一抹のハッピーエンドを夢見たのかもしれません。それすらも破壊するバッドエンド。作者の潔さまで感じる大胆な結末に痺れます。

「やればできる」のではなく「やることができない」のです

考察という観点からはずれますが、本作品「告白」の中には心に痛く刺さる文章が多数ありました。

三年生の担任を持つと、受験を前にして「この子はやればできるんです」と保護者の方からよく言われるのですが、この子、の大半はこの分岐点で下降線をたどることになった人たちです。「やればできる」のではなく「やることができない」のです。

『告白』P.51

耳が痛くなる文章。受験勉強、資格勉強、世の中には色々な障壁がありますが、幾度として言い訳してきた自分にとっては耳が痛すぎる一文でした……。


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