『Xの悲劇』エラリー・クイーン 感想・考察

海外推理小説の中でも屈指の名作と言われる『Yの悲劇』。その前作にあたるのがこの『Xの悲劇』となります。エラリー・クイーンは今まであまり読んでこなかったため、ようやく手を付ける機会を得ました。Xの次はYももちろん読む予定ですが、まずは『Xの悲劇』の感想から残しておこうと思います。

『Xの悲劇』エラリー・クイーン

どんな作品か

探偵ドルリーレーンが活躍する四部作の第一作。物語はとある株式仲買人ハーリー・ロングストリートが殺されるところから始まります。私は本作品の被害者の殺害方法がすごく好きなんですよね。殺害方法が「ニコチン液に浸した針を無数に刺したコルクに触れさせることで即死させる」という方法。恐ろしいですよね~笑。当時はこういう殺害方法はポピュラーだったのでしょうか?さすがにそんなことないと思いますが、なかなか見えてこない犯人像、裁判の行方、新たな殺人と次々と起こる予想外の出来事に驚きの連続。そして、続編の『Yの悲劇』を読みたくなってしまうという・・・。

満員の市電の中という密閉状況の中で、ニコチン液に浸した針を使用した巧妙な殺人が発生する。

被害者である株式仲買人のハーリー・ロングストリートは多数の人間から恨まれており、容疑者が続々と現れるがいずれも逮捕の決め手に欠けていた。

お手上げとなったサム警視とブルーノ地方検事は、必死の思いで元舞台俳優の名探偵ドルリー・レーンに協力を要請することに……

何が面白いのか

おそろしく奇怪な殺人方法・満員電車の中で起こった衝撃の事件

本作品の冒頭で発生する殺人事件。この殺人で使用された凶器がなんとも奇妙。触れるだけで人を殺すほどの劇物と言いましょうか、表現のしようのない悪魔じみた凶器が用いられます。

そんな禍々しい凶器にもかかわらず、殺害場所は満員電車の中。始終人の眼があるこの密室空間に証拠も残さずに犯行が行われてしまいます。

関係者は無数おり、容疑者もまともに絞ることができない異常事態。この状況から探偵ドルリー・レーンはあざやかな解決を見せることになります。

ドルリー・レーンに見えているもの、読者に見えているもの

本作品はワトソン役がいてワトソンの視点から話が進むタイプの小説ではなく、あくまで事件現場を俯瞰する第三者的な視点で話が進みます。ドルリー・レーンが得る情報も読者が得る情報もそれぞれ等しく、彼の推理の根拠も物語で出てきたものですべて構成されることになります。

しかしながら、彼はハーリー・ロングストリートが殺された事件のあらましをサム警部から聞いた直後に、その犯人が誰かわかっていることを示唆します。物語はまだまだ続いていくのですが、ドルリー・レーンには何が見えているのか、読者はそれを看破できるのか、推理合戦を楽しみながら最後まで怒涛の展開を堪能することができるでしょう。

以下ネタバレ考察。必ず本を読んだ後にご覧ください。

【ネタバレあり】全体的な感想

私にしては珍しいのですが、本作品を読み始めてから読み終えるのに時間がかかってしまいました。大抵は半分から先は一気に読んでしまうことが多かったのですが、プライベートの多忙と重なったせいもあってか、一日50ページのペースでようやく読了。

物語全体は非常に論理的に構成されていて、推理小説として素晴らしいなと感じます。これが古典なのだから驚きますね。特にデウィットの裁判で無罪放免される場面、法廷における弁護士同士の舌戦は非常に面白かったですね。起承転結の「承」が絶妙に飽きさせない長さとなっており、次へ次へと新発見や出来事が起きていく流れも悪くなかったなと。

最終的に明かされる「X」の意味も、「そう着地させるのね」と納得感があり、終始ロジカルな思考で組み立てられた世界を堪能することができます。ドルリー・レーンの推理を追いかける倒叙的推理小説になっているため、ややもったいぶらせて殺人事件を連発させてしまう、なんとも「言わんこっちゃない」な流れとなりますが、それも含めた上で起承転結なんだろうなと。

この作品で私が最も好きなポイントは殺し方ですね。ニコチン液に浸した針を沢山刺したコルク。触るだけで即死の劇物暗器。恐ろしいですよね~笑。こういう常軌を逸した殺し方は、現実的にはあり得ないのかもしれませんが、狂った殺人鬼を彷彿させて、長年積もった怨念が入っており、想像が膨らんですごく楽しめました。

【ネタバレあり】伏線と考察

登場人物が多いと感じつつ、なぜトリックに気づけないのか

本作品は第一の殺人、第二の殺人、第三の殺人と次々に新しい殺人が起こっていき、現場の状況を見ると犯人が絞れそうなのに、物的証拠から次々と否定されていく展開が続きます。

そして、この3つの殺人事件に関与する人物が多いこと。被害者側の関係者だけで10人以上、警察関係者で10人以上、各事件の目撃者で20~30人前後が名前付きで登場しており、かなりの人数が脇役なのか主要人物なのかわからないまま物語は展開していきます。この時点で本トリックに気づける可能性はあったのですが、なかなかこれが難しいんですよね。

本作のトリックは死んだと思われていた車掌チャールズ・ウッドは渡船の乗客ヘンリー・ニクソンであり、車掌エド・トムソンであり、囚人マーチン・ストープスであったことがポイントになっています。後から考えれば簡単なことですが、人物誤認トリックをしているからこそ、脇役含めた登場人物は多く描かれており、ブラフのような関係者を多数配置させることで結末を巧みに隠していることがわかります。

ちなみに、鮎川信夫訳の『Xの悲劇』では、当初車掌の名前が「エド・トムソン」と表記されていますが、レーンが語る解決編では「トムスン」とカタカタ表記へ変更されています。英語発音では同じなのでしょうが、これは登場人物の訛りで表記変更をしたのかもしれません。ただ、少々わかりかねるところですね。

ドルリー・レーンの犯人を明かさない態度

完全に物語の展開を考えると裏目に出てしまった探偵ドルリー・レーンの態度。比較的、探偵役の登場人物は頭脳明晰でミスを一切しないキャラクターとして描かれることが多く、本作のような犯人を明かさないことで被害者を増やしてしまったような過失のある探偵役というのはなかなか珍しいのではないでしょうか。

物語としてはデウィットが殺されたために、もう少しはっきり書くとデウィットが回数券を購入していたがために、真犯人のウッドを捕まえることができました。

「わたしのデウィット事件の解決は、まったく、あの晩、西岸線の待合室で列車を待っていたとき、アハーンとブルックスとわたしの目の前で、デウィットが五十回の回数券を買ったという事実にもとづくものだ、といってもよいのです。もしデウィットが回数券を買わなかったら、この事件を満足な大団円までもちこめたかどうかわかりません。ロングストリートを殺したのと同一人物とは知っていても、何に変装してストープスがデウィットを殺しにくるか、わかるはずがなかったからです。」

『Xの悲劇』P.401

様々な人の感想を読む中で、デウィットを殺させない方法もあったのでは?と疑問を持つ方も多いのですが、ウッド(=ストープス)がもつ計画的な周到さを考慮すると、列車の中で仮に殺害されなかったとしても、別の現場で殺害されていた(つまりはレーンが搭乗しなかった別の日に殺された)可能性が極めて高く、迷宮入りしていた可能性も高かったのではないかと想像します。

ちなみに、探偵役「ドルリー・レーン」の名前は、ロンドンの通りの名前が由来となっています。

タイトルにある”X”の意味

本作品の題名は『Xの悲劇』であり、当初は探偵ドルリー・レーンが、ロングストリートを殺害した犯人を「X」と呼んだことに起因するものと解釈していました。

「やむをえない理由から、今はあなたがたが求めておられる犯人――今からこの人物をXと呼ぶことにしますが――この正体をはっきり申し上げるのは控えましょう。共犯だと思われそうな事実の見当もついているのですが」

『Xの悲劇』P.97

しかしながら、実は「X」とはその意味だけでなく、第三の殺人で殺されたデウィットのダイイングメッセージ(指の形をクロスさせた状態で死亡していたこと)であり、車掌が切符に入れるパンチの形であったことをもって物語は締めくくられます。

紙片の二個所――印刷文字のウィーホーケンの横と、それより下のウェスト・エングルウッドの横に――くっきりと鋭く打ち抜かれた車掌エドワード・トムスンの十字形のパンチの後が残っていた――一つのX。

『Xの悲劇』P.422

最後に明かされるタイトルの意味、すごく綺麗な終わり方ですね。

タイトルにある”X”の意味(異なる解釈)

本作品の邦題は『Xの悲劇』であり、「Xの哀れな人生を描いた舞台劇」を彷彿させる意味合いを有しています。これは物語序盤でドルリー・レーンが表現した「犯人X(=ウッド)」ではなく、警察から起訴され、最後にウッドに殺されたデウィットと解釈することもできます。

すなわち、「犯人X」として容疑者扱いされたデウィット(彼は警察から見た「犯人X」となっている)は、ドルリー・レーンの支援によってギリギリのところを裁判で勝ち、無罪放免として釈放されたにもかかわらず、その直後に真犯人であるウッドに殺されてしまいます。

このデウィットの振り回される様は正に”悲劇”であり、本作品の題名である『Xの悲劇』はデウィットのことをも指す表現としていかに的を得ているかを感じます。

タイトルにある”X”の意味(さらに異なる解釈)

本作品の原題は『The Tragedy of X』です。この「Tragedy」は直訳すると「悲劇」でもありますが、別の意味で「惨劇」とも訳すことができます。

真犯人Xであるウッドは5年以上の間、本作品である殺人を計画してきました。彼がロングストリートを殺害してからの展開はまさに”惨劇”と表現するにふさわしく、犯人Xによる3つの惨劇=”Tragedy”を原題は示しており、タイトルに込められた意味合いが折り重なっている点も素晴らしいと言えます。


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