今回は、日本の抱える課題「生産性」について考える。特に、日本は海外先進国と比較すると、労働生産性の低さが挙げられ、いかにして生産性を向上させるのかは現在非常にホットな話題だ。筆者は人事制度改革に携わることが多いため、政府が主導している働き方改革の動向には非常に注目している一方で、「なぜ日本は生産性が低いのか」「実際に生産性を向上させるにはどうすればいいのか」は誰しもが思う疑問だろう。今回は、日本の生産性が低い理由およびその改善事例を含めて紹介したい。
目次
日本で生産性は向上するのか
日本では「少子高齢化による労働人口の減少」「育児や介護と仕事の両立などの働く側のニーズの多様化」などの逆風環境に直面している。こうした厳しい社会環境の変化により、投資やイノベーションによる生産性向上とともに、就業機会の拡大や意欲・能力を存分に発揮できる環境を作ることが重要な課題となってきている。政府が進めているプロジェクト「働き方改革」も正にこの重要課題を解決すべく行われている。
働き方改革とは?
「働き方改革」とは、これらの課題を解決するため、働く人の置かれている個々の事情に応じ、多様な働き方を選択できる社会を実現し、働く人の1人1人がより良い将来の展望を持てるようにすることを目指した改革のことである。
この2016年の「働き方改革」、法案段階の「人づくり革命」。これらの政策が目指すところは、日本の「生産性革命」に尽きる。今までは時間場所を拘束し(ORされて)、労働に従事する働き方が定着しているが、これももう限界点まで来ていることは明白である。
そのため、これからの働き方は”生産性”に焦点を当てていくべきなのは間違いないだろう。
日本の生産性は先進国最下位
日本社会の生産性は非常に低い。このことは、実は非常に有名な話であり、日本にはそうならざるを得ない社会的背景・文化を持っている。
OECDデータによると、2016年の日本の時間当たり労働生産性(就業1 時間当たりの付加価値)は、46USD(購買力平価換算)とのこと。これは、米国の3分の2の水準にあたり、順位でいうとOECD加盟35カ国中20位となる。主要先進7カ国でみると、データが取得可能な 1970年以降、最下位の状況が続いている。
チリ、メキシコ、エストニアなどを含めたOECD全体の平均が92,753ポイント(購買力平価)であるのに対して、日本は81,777ポイント。先進国である立場を考えると、決して楽観視できる状況ではない。
労働生産性の国際比較 2017 年版 ~日本の時間当たり労働生産性は 46.0 ドル(4,694 円)、OECD 加盟 35 ヵ国中 20 位~ 公益財団法人 日本生産性本部
日本の一人当たりGDPも低い
日本の一人当たりGDPも依然として低い水準にある。一人当たりGDPがトップクラスの国(例えば、ルクセンブルグ、ノルウェー、カタールなど)は資源国や金融資産で稼いでいるため、GDPが必然的に高くなるのはやむを得ない。だが、それでも日本の一人当たり GDPは25位となっており先進国の中で低い位置にある。
これは生産性が低いことと密接な関係があるのはもちろん、一人当たりGDPこそ経済規模の象徴でもあり、GDPを増加させることができない日本の生産性の低さは早期に改善しなければ、後々取返しのつかない社会的なダメージ(日本の財政問題、社会インフラ、人材の流出等)を負う可能性があるのは間違いないだろう。
日本の生産性が低い理由
日本の生産性が低い理由は、日本企業で働いていれば誰しもが感じるところではあるが、主だったものとして挙げられる理由は以下のようなものが多い。
その1 日本企業の給与は年功序列である
伝統的な日本企業の多くは年功序列の給与体系を採用している。年功序列はすなわち、仕事内容と給料/報酬が合わず、あくまで勤続年数に依存する給与/報酬体系ということになる。
当たり前の話だが、勤続が長くならないと給与が上昇しない制度であれば、新人・ベテランに関わらず労働意欲はもちろん労働生産性の向上は望めないだろう。
日本では人による差が出ない職務にもかかわらず、年功序列の職能資格制度があり、労働力がコスト高となっている点も挙げられる。同一労働(いわゆる同じ作業、同じ役割)しかしていないにもかかわらず、その決定権の違いにより、賃金水準が異なっていることは企業のコスト負担を歪める結果となり、生産性向上を阻む要因のひとつだ。
職責や役割に応じた給与体系へシフトする動きも
ただ、最近では、年功序列の給与体系を変革しようと、人事制度改革を実施するケースも多い。
これまで勤続比例の年齢・勤続給の割合が高かった制度であったが、本人の役割や仕事内容・責任による役割給や職務給の割合が増加してきている。そのため、給与全体に対する年齢・勤続給の割合が低下してきているのが特徴だ。これは、管理職層・非管理職層のどちらも同じ傾向にあると言える。
転職市場の拡大による変化
また、年功序列に変化を与える動きとしては、転職市場の拡大が挙げられる。中途採用の人間の場合、勤続に関わらず業務スキルを持って入社しているケースが多い。
即戦力人材の評価についても、結局は年齢テーブルに置き換えられてしまうケースも多いため、必ずしも良い変化に繋がっているかは怪しいが、一定の入社年月日という認識は薄れつつあるとも言える。
その2 長時間労働の恒常化
正社員の長時間労働が恒常化していることが生産性を高められない原因として挙げられる。これはなぜなのだろうか?
日本企業の伝統的文化の特徴として、誤った価値観が蔓延しているケースがある。「長い時間働く方が評価は高い」「深夜遅くまで働く人はよく頑張っている」「仕事への労務時間が長いことは、すなわち自分の業務に対する責任感が強い」という認識が根付いている職場も多い。
おそらくこの価値観が蔓延している職場では長時間労働を脱出することを掲げたとしても、そう簡単には抜け出せはしないだろう 。(そうでない企業も多数あるのだろうが)生産性が低い企業ほど、長時間労働をプラスとして評価する傾向があるのではないだろうか。
その3 ICT技術の導入
いわゆるICT技術、無線通信技術やツールクラウドサービスなどを利用している企業はまだまだ少ない。働く場所や時間にとらわれず、働く人が働きやすい方法で労働できる技術はほぼ揃いつつあるのが現在の日本社会なのだが、日本企業の中では決して働きやすい環境が整備されているとは言えない。
そもそも新規のソリューション認知度が経営者の間で低いのも要因のひとつであろう。日本とは対照的な米国企業では、攻めの投資(いわゆる最新のテクノロジー技術)が非常に活発であることが、日本と米国の行動原理を異にする要因のひとつともなっている。
日本のイノベーション競争力は9位
日本はイノベーション競争力が近年低下傾向にある。世界で見てもトップは米国やスイスなど一人当たりGDPが高い国が位置しており、日本はそれを追う形だ。とはいえ、130以上の対象国の中で、トップ10に入っており、イノベーション競争力が低下傾向と言っても、他国のスコアがここ数年間で上昇していることがランキング入れ替わりの大きな要因とも言える。
ちなみに、日本は直近2017-2018年のランキングで9位(2016-2017年は8位)となっている。
世界経済フォーラム(WEF) 国際競争⼒レポートにおける イノベーションランキングの 現状の分析について
Global Competitiveness Index 2017-2018
コンピテンシーを考える社会
コンピテンシーという概念も少しずつ聞かれ始めている。コンピテンシーとは、「生産性の高い人間の行動・パターンを共有化・形式化する」というものである。
生産性の高い行動原理を形式化することで、それを他の人に当てはめることができるのかと言われると、かなり難解な部分はあるものの、ある一種のモデルケースとして有用であることは間違いない。
以下では具体的なコンピテンシーの事例としては、生産性を改善した地方旅館の事例を紹介したい。
生産性の改善事例
生産性の改善事例としては、地方の旅館である陣屋が採用した陣屋コネクトが有名だ。現在では、生産性向上のお手本として紹介されることが度々ある。
ケーススタディ:陣屋
「陣屋」は神奈川県 鶴巻温泉の老舗旅館。一泊約75,000円(大人2名、有朝食付き)~という価格帯で予約できる高級旅館のひとつだ。
鶴巻温泉 元湯 陣屋伝統的な地方の旅館経営では、施設の老朽化、経営者の高齢化、人材不足などの要因により、かなりの逆風的環境となっていることはご存じの方も多いだろう。食材調達の問題、備品コスト、繁閑期の労働コスト、集客コストの問題など、小規模であるがための逆風がいくつも存在する。そして、陣屋もその逆風を受ける老舗旅館のうちのひとつである。
では、どのように地方の旅館が生産性を効率させることができたのか。
情報の見える化
生産性の向上を行うにあたり、陣屋は「情報の見える化」に取り組んだ。個人個人にスマホを持たせて情報を共有化することで情報の不均衡をなくし、生産性向上につなげる策だ。
いわゆるICTによる技術導入と言える。ただ、情報の見える化の実施には抵抗がある年代も多く、一時的に離職する人も多かった模様。こういった新しいテクノロジーの導入には、馴染めない人もいることを想定しておく必要があることがわかる。
生産性の向上には、顧客情報のデータベース化、なおかつ、共有化が課題と言えよう。
定休日の設定
旅館には珍しく、「定休日を設定したこと」も生産性の向上に大きく寄与している。稼働率が低い日に設定をすることで生産性の悪さを改善させることができたことが一因。
生産性の改善はすなわち人件費や光熱費などの固定費コストを削減できることにつながる。これは単純に経営指標でもあるEBITDAの改善となり、外部からの評価に直結させることができる。
副収入や無駄な業務の効率化
旅館業を生かす形で、映画・ドラマのロケ地として旅館利用してもらい、副収入を拡大させることにも成功している。これは、単純な副収入という側面だけでなく、広告費の削減にも通じており、効果的な施策となっていることがわかる。
また、 無駄な業務の削減も合わせて実施した。旅館前で太鼓だけを叩く業務をなくすなど、明らかに無駄な業務を減らすことで、よりコストを掛けるべき場所にコストを集中させる経営にシフト。従業員の1人1人が複数の業務を兼任できるマルチ人材を増やすことで、経営の柔軟性を増した。
陣屋コネクトによる地方旅館とのネットワーク連携
上記の見える化の実施やコスト削減をもってしても小規模旅館の食材調達コストや人材確保の困難さは改善することができない。そのため、陣屋では地方旅館とのネットワーク連携を実施することにより、食材の問題、人材の問題に対処した。
仕入れの共同化、調達コストの抑制
旅館それぞれに生産者から地場に直接買い付け(地場の食材をふんだんに盛り込んだ季節感溢れるメニューの提供)を実施。出汁や刺身などは陣屋と共同して仕入れ、仕込みを行うことで料理品質の向上をさせつつ食材調達コストを抑えた。
その結果、顧客満足度は大幅に上昇、予約数は前年の2倍、売り上げは前年の2.2倍に増加。
人材交流の活性化・スキルの多様化
また、人材確保の問題では、他旅館とのネットワーク化により、教育担当の派遣により、陣屋との人材交流を活発化させた。スタッフスキルの向上と生産性の改善により、人件費の削減だけでなく、きめ細やかなサービスや柔軟かつ迅速な対応が広がるなどソフト面での改善も大きかった。
まとめ:IT活用とネットワーク化が今後の要
陣屋の事例は新聞やYouTube等のネットメディア でも多数動画があり、それなりの注目度を集めている。情報共有化、マルチタスク化による手待ち時間解消、サービスに見合った価格改定、定休日設定による離職率の低下などすべてではなくとも具体的に参考となる改革案が多数盛り込まれており、生産性向上を見事に実現した模範的事例だ。
陣屋のケースにおいても、生産性を上げるには成果物(クライアントの満足度)に注目することは当然として、従業員の長時間労働を削減する意識から始めなければならないのは言うまでもないだろう。
政府が主導する働き改革はあくまで全体の方向性を示唆しているだけに過ぎず、目の前の生産性を向上させるには一人一人の現場の取り組みが左右する部分が大きい。しのぎを削る社会だからこそ、生産性の向上をいち早くできた企業が今後生き残っていくことは間違いないだろう。以上、ご参考まで。