先日、年金に関する相談を受けていた中でこのような質問を受けました。
近所のおばさん
年金分野に明るい人であれば、こんな呑気な質問に答える必要性すら疑うところなのですが、立場上ちゃんと説明しないといけない状況であったため、以下のとおり回答しました。
目次
答えは「いいえ、まず無理でしょう」
十分な年金給付がもらえるという誤解
いつから人々が誤解し始めたかは定かではありませんが、公的年金は人々が老後を暮らしていけるだけの年金を支給する仕組みではありません。あくまで、加入者の保険料拠出実績に応じて給付を行う仕組みとなっています。これは制度創設当初から変わっていません。
支給される老後の給付は老齢基礎年金と老齢厚生年金
国から支給される年金は老齢基礎年金と老齢厚生年金の2種類があります。自営業者等の第1号被保険者、サラリーマン等の第2号被保険者、専業主婦等の第3号被保険者のそれぞれでもらえる給付は異なってきます。
- 第1号被保険者:老齢基礎年金のみ
- 第2号被保険者:老齢基礎年金+老齢厚生年金
- 第3号被保険者:老齢基礎年金のみ
例えば、1世帯夫婦2人の場合、「老齢基礎年金(夫)+老齢厚生年金(夫)+老齢基礎年金(妻)」の合計額が年金として支給されます。
国が目指す給付水準は所得代替率50%
公的年金が目指している給付水準は、あくまで所得代替率の50%となっています。老後の暮らしが所得代替率の50%で足りるのであれば、生活していける可能性は高いと言えますが、決して楽な水準とは言えません。
「所得代替率」とは、年金を受け取り始める時点(65歳)における年金額が、現役世代の手取り収入額(ボーナス込み)と比較してどのくらいの割合か、を示すものです。
厚生労働省ホームページ
所得代替率は、現役時代の所得水準(手取りベース)と比較した際の年金給付水準の割合となります。所得代替率が50%の状態とは、現役時代の平均所得(手取りベース)が年間400万円の場合、年間200万円の給付が支給されることを指しています。
仮に公的年金のみで老後を過ごす場合には、手取り年収の半分でやっていくことができるのか、というのがポイントになってきます。
少子高齢化による世代間不公平
何度もニュースで報道されているように、日本は今も今後も少子高齢化が進行すると言われており、専門機関による推計でも相当の確度で実現されることが予想されています。
2014年・2019年に行われた公的年金の財政検証においては、たとえ今後少子高齢化が進行したとしても、所得代替率が50%を維持できるよう所要の措置がなされることが示されている。ただ、少子高齢化の影響が全くないわけではありません。
現在の年金受給者は相対的に豊かな年金給付を受け取っている
少子高齢化の影響は将来になればなるほど、大きくなっていくのは容易に想像がつくでしょう。そのため、年金受給者(既に年金を受給している高齢者)の多くにとっては、少子高齢化による影響が小さいことが言えます。
これは、現在の年金水準が所得代替率60%前後となっており、現役世代と比較して相対的に豊かな年金給付を受け取ることができている者が比較的多いことを示しています。
将来の受給者の年金額は働き手世代の減少や平均余命の伸長により下がっていく
一方、50歳代やそれ以下の世代の将来の受給者は、少子高齢化の進行により原田来て世代が減少すること、また平均余命が今後も伸びていくことによって、現時点での受給者よりも少ない年金額となることが明らかとなっています。具体的には、現在所得代替率60%の年金額が将来的に所得代替率50%まで引き下げられることがわかっています。
50歳代であれば、一世帯あたり55~60%程度の水準で受け取れる可能性は高いかもしれませんが、更に若い世代であれば、一世帯あたり50%の水準の年金額となる可能性が高いと言えます。すなわち、若い世代ほど受け取る年金額が少ないことを意味しています。
老後に必要な生活費は最低22万円掛かる
老後の最低日常生活費は月額で平均22.1万円
生命保険文化センターが行った意識調査によると、夫婦2人で老後生活を送る上で必要と考える最低日常生活費は月額で平均22.1万円となっています。これは、生活費が最低でも年間265万円掛かることを示しており、手取り年収400万円の世帯が国から受け取る年金額(約200万円)より多い水準となっています。
参考 老後の生活費はいくらくらい必要と考える?公益財団法人 生命保険文化センター
ゆとりある老後生活費は平均36.1万円
こちらも生命保険文化センターの意識調査では、ゆとりある老後生活を送るための費用として、最低日常生活費以外に必要と考える金額は平均14.0万円となってます。その結果、「最低日常生活費」と「ゆとりのための上乗せ額」を合計した「ゆとりある老後生活費」は平均で36.1万円となります。
この”ゆとりのための上乗せ額”の使途は、「旅行やレジャー」「日常生活費の充実」「趣味や教養」が中心となっています。生活に必須ではありませんが、生活の質を高める用途として、やはりこれだけの金額があるとかなり生活は変わるだでしょう。
ただ、その金額に対して国の年金だけでは遠く及ばないのは確かです。
必ずしも所得代替率50%とはならない
国が目標としている所得代替率50%ですが、すべての公的年金の受給者にとって、年金給付が所得代替率50%に相当する金額になるとは限りません。説明の際は、いつも「所得代替率50%」という言葉が独り歩きしますが、多くの方がイメージしているほど所得代替率50%に該当しないケースが複数存在する点は理解されていない印象です。
あくまで年金の水準はモデル世帯を想定
公的年金の財政検証において、所得代替率50%の年金給付額を受取ることができるように設計されているのは、モデル世帯です。具体的な世帯構成としては、厚生年金に加入する被用者と専業主婦(夫)が想定されており、年金受給に必要な加入・納付期間を満たしていることが前提となります。
厚生労働省のホームページでは、以下のように定義されている。
モデル世帯とは、40年間厚生年金に加入し、その間の平均収入が厚生年金(男子)の平均収入と同額の夫と、40年間専業主婦の妻がいる世帯としており、公的年金において単純に「所得代替率」といったときには、このモデル世帯での比率を意味します。
厚生労働省ホームページ
厚生年金への加入期間
モデル世帯は、40年間厚生年金に加入している夫、また40年間専業主婦の妻がいる世帯のことを指しています。これに当てはまらない場合、モデル世帯を想定した所得代替率50%が受け取れない可能性が出てきます。
では、具体的にはどのようなケースとなるでしょうか。以下のような場合が該当すると考えられます。
- 厚生年金の加入期間が40年未満である場合
- 専業主婦の国民年金加入期間、第3号被保険者としての期間が合計で40年に満たない場合(学生納付特例により保険料納付をしていない場合等が該当)
生涯平均収入が「厚生年金の平均年収」以上であること
これは所得代替率と直接的な関係があるわけではありませんが、具体的な年金額と関係が出てきます。なぜなら、厚生労働省が想定しているモデル世帯の所得水準を下回っている場合、所得代替率は50%となるかもしれませんが、年金額の金額そのものは想定される水準よりも低い金額となってしまうためです。
厚生労働省が公表している所得代替率は、一元化モデルという被用者年金の現役男子の手取り収入をベースとしています。旧厚生年金と共済年金の平均値とされており、具体的には平成26年度は、34.8万円とされています。このときの年金額は、モデル世帯の場合、21.8万円が支給されることとなります。
手取り収入がこの水準(34.8万円)を下回る場合、年金額が21.8万円を下回ることを示しています。
自営業者等はモデル世帯に当てはまらない
自営業者等の国民年金しか受取ることのできない第1号被保険者は、モデル世帯に当てはまりません。これは、第1号被保険者は厚生年金に加入できず、国民年金のみしか加入できないことから生じますが、根本的に苛酷な前提が課せられていることも背景としてあります。
その苛酷な前提とは、自営業者や農業従事者等の第1号被保険者は、定年退職がないことから、極論すれば“無期限に働く”ことが前提となっていることです。
将来の老後所得が、国民年金だけで不安な場合には、国民年金基金や付加年金、更には、個人型確定拠出型年金といった複数の自助努力型の年金上乗せ制度が用意されており、それらを活用する必要があります。ただ、現在はこれらの年金上乗せ制度の普及度は依然として低く、更なる活用が望まれているのが現状です。
非正規雇用者はどうなるのか?
実は、第1号被保険者において最大の問題となっているのは、厚生年金に加入していない派遣社員などの非正規雇用者となります。非正規雇用が増加してきたのは、広くニュースでも取り扱われてきましたが、非正規雇用は、厚生年金の受給対象にならない場合があり、場合によっては、将来的に国民年金しか受取れない可能性があります。
十分な厚生年金の受給が見込まれない非正規雇用者の場合、自営業者等と同じく自助努力型諸制度の活用を真剣に考えておきたいところではありますが、それよりも現在の生活費を賄うことが余力的に限界で、将来へ蓄財できる財力が乏しい点が指摘されています。
高額所得者の場合も要注意
厚生年金に加入している第2号被保険者は、保険料を給与天引きで徴収されており、民間企業を通じて拠出しています。この厚生年金保険料は厚生年金における標準報酬等級により定められる標準報酬テーブルによって決定されます。
所得の再分配効果
高額所得者ほど高い厚生年金保険料を払う一方で、所得が低い者は少ない保険料で済む仕組みになっています。これはすなわち、制度の中で所得の再分配が実施されているためであり、高額所得者から低所得者へ所得が移転していることに他なりません。
そのため、高額所得者の保険料全てが年金額に結び付く訳でなく、所得代替率が50%に満たないケースとなる可能性もあります。
標準報酬テーブルの上限
保険料は標準報酬テーブルによって決定されますが、この標準報酬テーブルには上限額が設定されています。そのため、被保険者の所得水準と比較して、保険料が上限で抑えられる分、年金額が低く抑えられてしまうケースが存在します。すなわち、所得代替率が50%を下回るケースが出てくる可能性があるということになります。
ねんきん定期便を必ず確認しよう
将来自分がいくらぐらいの年金額を受け取れるのかは「ねんきん定期便」で確かめることができます。個人個人のイメージだけで将来も収入の半分がもらえると思い違いをしていると、実際に受け取れる年金額とのズレに、老後の生活設計を大きく変更しなければいけない、と言った悲劇が起こり得ます。そういった状況を避けるためにも、必ずねんきん定期便の確認をお勧めします。
また、サラリーマン等の第2号被保険者は公的年金からの給付以外に、企業年金や公務員の上乗せ年金を受取ることのできる可能性が高いでしょう。退職一時金としての受け取り以外に、定年退職後に年金を受け取ることができるケースも多く、ある程度の収入が確保されます。
ただし、企業年金からの給付がどれくらいの金額となるかは、必ずしも従業員に対し十分な情報の提供されていない場合も少なくありません。この点については注意が必要でしょう。
また、退職し第1号被保険者に切り替わった後に、再び、被扶養者に転じた場合等は手続きを忘れずに行う必要があります。手続き漏れがないことを「ねんきん定期便」等によって確認することが将来の備えをする上で必須である点に留意しておきたいですね。
まとめ:国の年金以外の備えは必須
まずは、「ねんきん定期便」の内容を理解し、自分が将来いくらぐらいの年金額を受け取ることができるか、確認することがスタートです。それを踏まえた上で、個人型DC(iDeCo)等の対応を検討することが望ましいでしょう。
余談ではありますが、年金のニュースはしばしば、ネガティブなものに焦点を当てられることが多いです。常に、具体的に何が批判されているのか正しく情報を理解する必要があり、先日起きた老後資金の二千万円不足問題についても、老後支出と老後所得の差について取り上げただけの話でした。(それはすなわち現在の引退世代が老後に備えて溜めてきた貯蓄を取り崩しているだけの話でしかありません)メディアは勘違いを煽る記事ばかりであることが多いため、問題の本質を正しく理解する力が今後は特に重要となってきます。
実は、2016年に可決されたマクロ経済スライドのフル発動や個人型DCの拡大や2020年の年金制度改正法(被用者年金の拡大、繰下期間可能年齢の拡大)など、年金制度および加入者にとってプラスとなる施策が着々と実行されています。これらは、将来の年金額の目標である所得代替率50%を確保するためのものであり、将来世代のための法案となっています。際限なく伸び続ける寿命と低迷する経済という劣悪環境にも負けない持続力のある制度を作るため、年金の制度改革はここ数年間でいくつも進められてきました。
また紹介したい相談事例があれば、載せたいと思います。以上、ご参考まで。
国民年金・厚生年金の保険料が払えない人は納付免除・猶予をしましょう
サラリーマンがもらえる厚生年金はいくら?厚生年金の仕組みを解説します