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『双頭の悪魔』有栖川有栖 感想・考察

有栖川有栖氏の「学生アリスシリーズ」第三作目『双頭の悪魔』を取り上げます。「学生アリスシリーズ」よりも『双頭の悪魔』単体の方がもしかすると有名なのかもしれません。私はずっと未読だったので、どんな内容か知らなかったのですが、これはなかなか衝撃的な結末でこの後に出版された様々な小説に影響を及ぼしたんだろうなと推察できます。

『双頭の悪魔』有栖川有栖

どんな作品か

『双頭の悪魔』は「学生アリスシリーズ」の3作目にあたる作品となります。本作品は1992年に発表された作品で、以下のとおり数々の高い評価を得ています。

1992年と2012年で20年ほど離れているのですが、20年経った後でも高い評価を得ていますし、2022年の今読んだとしてもその内容には驚かされる方が多数いるのではないかと思います。

部外者を拒む木更村と川を挟んだ夏森村でほぼ同時期に起きた殺人事件、そして大雨により2つの村をつなぐ橋が崩壊。クローズドな状況で生じた不可解な事件の数々。ミステリー好きなら読まないと損と言える作品です。

「娘を連れ戻してほしいのです」

山間の過疎地で孤立する芸術家のコミュニティ、木更村に入ったまま戻らないマリアを案じる有馬氏。

要請に応えて英都大学推理小説研究会の面々は四国へ渡る。

かたくなに干渉を拒む木更村住民の態度に業を煮やし、大雨を衝いて潜入を決行。

接触に成功して目的を半ば達成したかに思えた矢先、架橋が落ちて木更村は陸の孤島と化す。

芸術家たちと共に進退きわまった江神とマリア、夏森村に足止めされたアリスたち。

双方が殺人事件に巻き込まれ、川の両側で真相究明が始まる・・・

何が面白いのか

外部者を拒む木更村

本作品は木更村(きさらむら)と呼ばれる特殊な村で事件が起こります。この木更村は、芸術家が集う村であり外部から人を入れることを極端に嫌う村でもあります。そこになぜか(事の経緯は「学生アリスシリーズ」の前作にルーツがあるとのこと)英都大学推理小説研究会に属するマリアが足を踏み込み村から出なくなってしまったことから話が始まります。

なぜ木更村は外部の人間を極端に嫌うのか、一方でその村の中での人間模様。様々な要素が絡み合いながら、物語は進展していきます。この謎の村については興味を惹かれつつも、いつ殺人が起こってしまうのか・・・どきどきしながら読み進めていくこととなります。

木更村で起こる殺人事件、そして川を挟んだ夏森村でも殺人事件が・・・

ついに起こってしまう殺人事件。一方で、木更村と川を挟んだ位置にある夏森村(なつもりむら)でもほぼ同じタイミングで殺人事件が発生します。夏森村の方では、マリアを探しに来た英都大学推理小説研究会のアリスら3名が滞在しており、夏森村の殺人事件の解明に挑みます。この殺人事件は木更村と関係があるのか、読者はこの謎に包まれた展開に頭を悩まされること間違いないでしょう。

誰が犯人なのか、皆目見当付かない状況で明かされる衝撃のラスト

ラストの真相が明かされる場面までの間に、一波乱、二波乱もあるのですが、この作品は最後まで犯人が誰なのか、どういった仕掛けがそこに潜んでいるのか皆目見当つかない状況が続きます。そして、探偵役・江神二郎が導き出した結論は・・・、ここからは本を読んで確かめていただければ。

約700ページというなかなかのボリュームですが、中盤以降はあっという間に読んでしまいました。途中からは完全にどっぷり引き込まされてしまいましたね!約30年前の作品ですが、今でもその衝撃の結末は通用するのではないかと思ってしまうほど。本当名作だと思います。

以下ネタバレ考察。必ず本を読んだ後にご覧ください。

【ネタバレあり】全体的な感想

以前から読んでみたかった本作。「学生アリスシリーズ」の前作2つ『月光ゲーム』『孤島パズル』は未読ですが、評判が評判を呼ぶ本作『双頭の悪魔』から読んでみることにしました。もちろん内容的には第三作目から入っても全くと言っていいほど問題なし。

いやー、本当後半の衝撃の事実には驚かされましたね。ずっとつながらなかった犯人像が結びつく形で事件の全体像が明かされることになるとは。色々細かいところで疑念は残ってしまったのですが、まさかの結論による衝撃度合いは心地よく、読み応えのある一冊であることを感じさせました。

最初に発生する殺人、つまりは木更村の鍾乳洞で発生した小野殺しの真相解明については、ミステリー慣れした読者であれば比較的結論を推理するのは難しくなかったのではないかと思います。ただ、誰が殺したか、となると一気に難易度が高くなる様相で、未知なる新事実があるのかなという感想を持ちながら話を読み進めていました。

第二の殺人、夏森村で発生した相原殺し。こちらは最初の殺人と比較して、殺人の方法が謎になっている訳ではなく、動機面での謎が多すぎて犯人を特定できそうにない様相となっていましたね。他の方の感想を読むと、相原殺しの犯人当てができた方がいたようなので、本当すごいと思います。たしかに、相原と室木の連絡手段が手紙を介して行われる、という点から室木の疑いが強まりますが、動機面がさっぱりなので検討が難しかったなぁと私は感じました。室木と明美に男女の関係があるのか、室木は木更村の人間のなりすましなのか、など色々考えましたがいずれも外れてしまいました。

第三の殺人、木更村での八木沢殺し。もう頭がこんがらがっている状態で発生した八木沢殺しですが、ここで小野殺しと八木沢殺しの犯人が別である(可能性がある)ことがわかるため、もう一度事件の再推理をすることになります。その結果、動機面で訳がわからずそのまま挫折。そして、江神二郎氏の解決編で驚愕させられることに。

いや、本当すごい作品でした。読み応え抜群ですし、もっと早く手に取っておけばと思うほど。本作品を執筆していたころは、有栖川有栖氏は30代前半であり、兼業作家(本屋店員と作家の兼業)だったようです。もう同氏は60歳近いので、「学生アリスシリーズ」の第5作目が出るのは難しいのかな、とも思いますが別の作品は傑作揃いであり、そちらに食指を伸ばしておこうかと思います。

【ネタバレあり】伏線と考察

木更村で起きた殺人事件・小田殺し

本作品で最初に起こる殺人事件。若干中盤に差し掛かったあたりなので、だいぶ待たされた感がありますが、犯行現場が鍾乳洞の奥地。死体には香水がかけられていて、岩棚から逆立ちしたような姿勢で発見されて、そして右耳がない、という特殊な状況。色々と推理するポイントが多く、比較的取っつきやすい事件ではないでしょうか。

犯行手法については香水がキーになっており、香水の匂いを追いかけて真っ暗な鍾乳洞の中を犯人は小田を追いかけて殺害した、という流れとなります。殺された小田が嗅覚障害であったことがカレーの匂いに気づかずマリアに近づいたシーンなどで比較的わかりやすい伏線が多数散りばめられており、「びっくり」というよりは「納得」と感じた読者が多かったのではないでしょうか。

一方で、犯人捜しは結構難しかったなぁと。小田殺しについては、犯人が男性である可能性は高いのですが、共犯パターンもあるため、非常に絞り切るのが難しかったのではないでしょうか。特に動機面で根拠が見えず、江神二郎氏の解説パートの段階における音楽家の八木沢が犯人であると明かされたシーンは”まぁ、そうなりますか・・・”という心象でした笑。

夏森村で起きた殺人事件・相原殺し

川を隔てた夏森村で起きた相原殺し。カメラマンの相原が非常に嫌なキャラクターだったので、個人的には被害者になってくれて嬉しかったのですが、こちらの事件の犯人捜しの難易度は高めと言えます。

まず相原のポケットから発見された待ち合わせの手紙の件については、物語の流れだと「相原が犯人に呼び出された手紙」と解釈されて話が進みますが、「犯人が相原を呼び出した手紙」と解釈することもできるため、読者は比較的違和感を感じやすいポイントかと思います。ただ、その事実は”相原殺しに対する読者への挑戦状”でちゃんと明かされており、それを踏まえて犯人を当ててみろ!という強気な挑戦状となっています。

最終的にはアリバイ周辺の情報から犯人を絞らざるを得ず、動機面ではさっぱりのため、このあたり論理的に的中できた方は本当すごいなと思います。犯人に辿り着く鍵として、相原が出した手紙の存在があり、そこから封筒の中にもう一通封筒を入れる、という仕掛けからそれを唯一確認できた郵便局員である室木に容疑をかける、という展開は予測できなかったですね。

木更村の八木沢殺しで見えてくる真犯人

物語も大詰め。小田殺しの犯人と目されていた八木沢が木更村・音楽室にてピアノに突っ伏す形で殺されているところが発見されます。”八木沢を殺した真犯人が誰なのか”が第三の読者への挑戦状となります。ここで、難易度を急激に上げる要因として、事件の全容を解明するためには、犯人を当てるだけでは済まず、この3人がなぜ殺人を実行したのか、という関係性を見破る必要がある点です。ちなみに私は解決編読むまでさっぱりわかりませんでしたよ・・・笑。

本作品の肝は真犯人を媒介とした三者による交換殺人がなされた、という点です。真犯人の調香家・香西琴絵(こうざいことえ)は木更村の音楽家・八木沢に小田殺しを依頼し、一方で、郵便局員・室木に相原殺しを依頼するという構図です。

これは単純な交換殺人、つまりは八木沢と室木の二者による交換殺人でない、という点がトリックをより闇に隠す構造となっているんですよね。八木沢本人・室木本人は真犯人の香西としかやり取りをしておらず、交換殺人の実行者を誤解したまま事が進んでいくこととなります。

漠然とした動機の疑問は解決されるのか

事件全体の中で不透明であった動機が交換殺人というトリックを通じて明らかになります。

三者の思惑を整理すると以下のとおり。

  • 八木沢は元アイドル歌手・千原由衣(ちはらゆい)の写真を盗撮し、恐喝してきた相原を殺したかった
  • 室木は遺産相続のために、地主・木原菊乃(きはらきくの)の婚約者である小野博樹(おのひろき)を殺したかった
  • 真犯人の香西は木更村の存続のために、小野が構想していた木更村の門戸を外部に開き、観光施設とする考えをつぶしたかった

ここで疑問が出てきます。この交換殺人を真犯人・香西はいつ決断し、いつ交渉がなされたのか、また計画殺人をすることが本当に真犯人の願う結果を導く行為だったのか、という点です。

真犯人・香西は菊野と小野が婚約を発表したことで、木更村存続が危ぶまれたことから、今回の計画殺人を行うに至ったと考えられます。そのため、婚約発表の直後に、八木沢・室木に殺人を決心させる必要があり、その際にどうやって完全犯罪を行うのかまで手ほどきしたことが考えられます。八木沢・室木も殺人の後に警察に捕まっては意味がないため、バレない殺人方法があることを交換殺人の際に説明し、説得する必要があるためです。

結果として二人はその内容に納得し、殺人を実行したわけですが、この交換殺人が実行された場合には、遅かれ早かれ警察が木更村に介入してくる恐れは十分あり、特にどちらかの完全犯罪が成立しなかった場合には、木更村に関する徹底捜索が行われる可能性は高かったのではないかと考えています。そのあたりも含め、超短期間の間に人を殺す動機が成立し、話が進んでいった点はまぁ本格派だから許容しましょっか・・・、という感じでしょうか。

若干動機周りについては疑問点の余地が残るものの、そこを除けば非常に凝ったトリックであり、大変面白く読める本格推理小説だなと感じます。


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