マスメディアの標的にされやすい公的年金。なのですが、そもそも”なぜ公的年金が必要なのか”という話はあまり周知されていません。周知しなくても、誰もが知っている事実なのでしょうか。仕事柄、社会保障に関わっている立場からすると、決してそうではないように感じるのですが、今回はすごく当たり前な「公的年金の役割」について考えてみたい、と思います。
目次
公的年金が整備されてきた背景
公的年金は元々、明治時代に海兵として努めていた将校が引退後の生活を保全するために支払われていた給付金が元となっています。公的年金が軍人だけであったものが、教職員に広がり、一般の被用者にまで広がっていたのが当初の背景となっています。
そして、この公的年金のベースの考え方には引退後の生活を保障する社会的な役割を担うという目的があります。
かつては親と同居して子が親を養う社会構造だった
昔の日本は親子孫の3世代同居が多かった
昔の日本と言っても、戦後ぐらいまででしょうか。かつては、親子孫の3世代が同居して農業や自営業を一緒に営む人が多かったと言われています。3世代が同居するということは、すなわち親世代が引退した後でも家族として同じく生活を共にしていくことを意味しています。
生活コストは家族で共有
これら農家の人達は親子で生活を共にしているため、子の世代は親を養っていく/生活コストを共有するケースが一般的でした。親世代はこのような仕組みであるからこそ、代々農家の子は農家として家を継いでいく考え方が日本に根強く残っています。
子が親を養う私的扶養
上記のような、親世代と子世代が同居して支えあう形を私的扶養と呼びますが、当時の日本がそのような社会構造であったことが、社会保障制度の根幹となる背景となっていったことに繋がってきます。
社会構造の変化・平均寿命の伸長
核家族化の進行
戦後、夫婦と子という形の核家族化が進んでいったことはご存じの方も多いかと思います。会社勤めをして親と同居する人が少なくなっていく社会構造の変化が日本社会に現れ始めました。
平均寿命も伸びていった
またその一方で、日本人の平均寿命も急激に伸びていったため、早期に引退した親を養うための費用がどんどん大きくなっていきました。
私的扶養の限界=年金制度が整備されるきっかけ
このような背景もあり、子のみで親を養うことは難しくなっていき、社会の変化の中で、社会全体で高齢者を支える年金制度が整備されてきたのが現在の年金制度の根幹となる背景になります。
社会の急激な変化が個人では対応できない社会的リスクを鮮明に
バブル経済~バブル崩壊後の約30年間余りで、
- サラリーマンとして地方から大都市に集中するようになった
- 子世代が親世代と離れて住むことが多くなった
- 急な仕送りや介護などの対応が困難になってきた
- 想定以上の寿命の伸長により多額の老後資金が必要であることが判明した
といった社会全体の変化があり、個人で対応できない社会的なリスクをどうやって解消していくのかが大きな社会問題のひとつとなってきています。
求められるのは社会全体で高齢者を支える仕組み
親の扶養を極端に心配しなくてもよい仕組み
(金額の大小はここでは述べませんが)公的年金制度があるおかげで、現役世代は年金の保険料を払えば、個別に親の老後を(極端に)心配することもなく生活を送ることができます。
現役世代が支払う保険料は間接的に親の年金となっている
自分自身の払っている保険料が自分の親の年金給付になっている訳ではありませんが、間接的に払っている形であることは間違いありません。
故郷から離れていても親世代を扶養する仕組み
また、国・地方自治体に年金保険料を支払うことで、故郷にいる親世代に財やサービスの提供がされるという社会的扶養が可能となっています。
社会的扶養を担う公的年金ですが、具体的な役割として以下のようなものが明示されています。
公的年金の役割
その1 高齢者の扶養
先にも述べたように、高齢者の扶養形態が「私的扶養」から公的年金を通じた「社会的扶養」に変化していった社会経済の変化に対応するものとして公的年金の役割があります。
核家族化の進行、平均寿命の長寿化、所得格差の拡大、都市部と地方地域での格差や親元から離れて暮らす子世代の増加など挙げ始めればキリがありません。
そのため、これらのような時代の変化によって生じる個人では対応できないリスクを社会全体が受け皿となって回避する仕組みとして機能するのが公的年金の主要な役割のひとつとなります。
その2 リスクや不確実性に備える保険
公的年金は人生のリスクや不確実性(長寿リスク、障害・配偶者に先立たれ遺族となるリスク、インフレリスク等)に備える保険制度としての側面も持ち合わせています。
長寿リスク
老後に備えて貯蓄をしたとしても、人間は何歳まで生きるか予測できません。そのため、老後資金がどれだけ必要なのか正確にわかる人は誰もいないのです。
1年間当たり200万円の生活費だとしても、老後期間を60~90歳まで生きるのであれば、6,000万円の生活費(インフレ考慮せずの金額)が必要となってきます。この金額を個人で確保するのは、仮に現役時代の保険料支払いがなかったとしても、個人の能力を超えていると言わざるを得ません。
一方、公的年金であれば、終身年金で支給がされるため、死ぬまで年金を受給することができます。つまり、生きている限り働かなくとも何かしらの給付を受け取ることができるという、なんとも老後世代に優しい制度設計となっています。
負担側からの視点で言えば、何歳まで生きるか予測できない親の扶養負担を平準化することができる、とも言えます。
インフレリスク
自分が引退後の50年後の物価や賃金の変動は予測できるものではありません。これは何を意味しているのかというと、仮に現役時代に毎年100万円の貯蓄(タンス預金)ができたとしても、50年後にその100万円は実質いくら分の価値があるか、50年後の100万円で何が買えるか、ということになります。
日本の物価水準はバブル景気の前後で大きく変動したことが知られていますが、遠い先の50年後では、100万円でジュース1本程度の価値しかないかもしれません。
<物価・賃金の変化>
実は、1965年と2010年を比較すると非常に大きく物価と賃金が動いていることがわかります。
・1965年:大学卒の初任給 月2万円程度、公的年金の額 月1万円
・2010年:大学卒の初任給 月20万円程度
国民年金の額 月約5.6万円(2017年度末現在の平均額)
厚生年金の額 月約14.7万円(2017年度末現在の平均額)
厚生年金保険・国民年金事業の概況
公的年金では年金額を賃金・物価変動に連動させて設定させています。そのため、物価が仮に大幅に上昇した場合であっても、それに合わせて年金額も増加するため、インフレリスクに強い年金制度となっています。
もちろんインフレリスクについて個人が対応することができなくはない話ですが、多額の老後資金におけるインフレリスクを、皆が問題なくリスク回避できるとは到底言えないでしょう。
働けなくなるリスク・死亡リスク
今時点で元気に働けていたとしても、人はいつ、障害を負うか、不慮の事故等により命を落とすかわかりません。家庭を持つ人ならばわかるかと思いますが、幼い子供がいるときに、配偶者をなくし収入が激減してしまうというリスクがいかに危険かわかるかと思います。
そのため、障害年金や遺族年金という形で予期せぬリスクにも対応できるというのが公的年金の重要な役割のひとつとされています。
その3 国民皆年金によるセーフティネット
20~60歳未満の日本居住者全員が加入
公的年金は20~60歳未満の日本に居住する人全員が加入しなければいけない年金制度です。そのため、国民皆年金と呼ばれ、国民全員が保険料を納付する義務があり、将来引退したときに支払った保険料に見合った年金を受け取る仕組みとなっています。
将来発生する貧困対策も兼ねる仕組み
人間の近視眼性を考えると、この仕組みは将来発生する貧困対策に他ならず、引退後も何かしらの所得を得る手段を確保するための、セーフティネットとしての機能が国民年金に備えられています。
その4 所得再分配効果
公的年金は自営業者やフリーランスが加入する”国民年金”とサラリーマン等が加入する”厚生年金”に大別することができます。
国民年金
国民年金に加入していると、老後世代となったときに、”老齢基礎年金”と呼ばれる年金を受け取ることができます。
今の受給権者が受け取っている”老齢基礎年金”の給付原資は我々現役世代が支払っている保険料が約半分を占めています。残りの半分は国庫負担、すなわち消費税や所得税などの税金によって賄われています。
これはどういうことかというと、我々現役世代が支払っている保険料はあくまで年金の半分に過ぎず、残りの半分は社会全体で負担している、という仕組みになっているということです。後述する保険料は定額となっており、掛金による所得再分配効果はありませんが、国庫負担となっている財源の半分において所得再分配が行われています。
国民年金保険料
国民年金保険料を納付するのは第1号被保険者のみとなっています。第1号被保険者というのは、自営業者や厚生年金に加入していない方などがこれに該当します。
国民年金保険料は全員一律の金額(2020年度は1か月あたり16,540円)を納付することが定められています。
厚生年金
厚生年金に加入していると、老後世代になったときに、”老齢基礎年金”と”老齢厚生年金”を受け取ることができます。厚生年金が国民年金と大きく違う点はもらえる給付の種類と保険料の違いあります。
老齢基礎年金と老齢厚生年金
厚生年金加入者が将来受け取ることができる”老齢基礎年金”は国民年金と同じようにその半分が国庫負担であるため、所得再分配の効果があります。
”老齢厚生年金”は現役時代の所得に比例した年金額を受け取ります。こちらは、厚生年金保険料が異なってくるため、掛金負担による所得再分配が生じる仕組みとなっています。
厚生年金保険料
国民年金保険料は一律全員定額の保険料が課されていますが、厚生年金保険料は”給与額×9.15%”の金額を保険料として毎月支払います。
(同額を雇用主である事業主が保険料を納付しています)
これはすなわち給与が高い人ほど高い保険料を払うことになり、給与が低い人ほど少ない保険料で済む仕組みを指しています。給与が高い人が給与が低い人の分をカバーする形で厚生年金全体で所得の再分配が行われる仕組みとなっており、ここにも社会全体で負担を均衡化する制度となっています。
まとめ:社会全体として弱者を救済する仕組み
公的年金の役割を改めて書いてみましたが、まぁ、理屈はわかりやすいかと思います。もちろん感情的に納得し難い部分も多数あるというご意見も色々な方面から聞いているため、理屈だけでは通用しないものとも感じています。
今の現役世代が感じる不満点の代表的なものとしては、
- 毎月支払っている保険料が高すぎて生活が苦しい
- 将来どうせ年金がもらえないのではないか
- 支払った元本以上はもらえないのではないか
- 年金の仕組みが複雑過ぎて、よくわからない
- そもそもいつ何がもらえるのかよくわからない
- 毎年年金を減らしているから、年金制度は破綻している
といったことではないでしょうか。こういった意見はよくわかりますし、複雑過ぎる年金制度は、弱者を救済しようと改定に改定を重ねた結果であり、なんとも言えないところです・・・。
ですが、年金制度は弱者を助ける(将来弱者となる貧困者を発生させない)ための仕組み、というのが考えのベースとなっています。今の年金額を据え置く措置(マクロ経済スライド)についても、あくまで将来世代を救済するための仕組みであり、非常に意味のある仕組みが内包されているのは確かです。ただ、なかなかその意味そのものを理解するには、かなりの知識が必要なのも事実・・・。
非常に難解で複雑な仕組みではありますが、今回の記事が少しでも年金制度の理解の助けになれば幸いです。以上、ご参考まで。