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『その女アレックス』ピエール・ルメートル 感想・考察

今回は、ピエール・ルメートル『その女アレックス』を取り上げます。センセーショナルな名前、強烈なジャケット絵、そして読んだ後の戦慄。万人にはとてもお勧めできませんが、とんでもない作品だったので恐怖に強い人はぜひ手に取っていただきたいなと思います。

『その女アレックス』ピエール・ルメートル

どんな作品か

少々「お勧めです」と紹介してよいものかだいぶ悩みましたが、私の好きな作品なので紹介します。もう表紙の段階からかなり怖い!そんな狂気に満ちた作品です。

他にも国内での受賞歴はありそうですが、ざっと見つけたところだと上記のような錚々たる記録ですね。なので、本作品を広くお勧めできるかというと、万人にはお勧めできません!笑。これはなぜかというと本作品には多少のグロ要素が混じっており、そのあたりを許容できないと若干厳しいかなと。程度を言わせてもらうと、『殺戮に至る病』(我孫子武丸)あたりを読める方であれば、おそらく大丈夫だと思います。

本作品は序盤でアレックスが誘拐されるところから物語が始まります。アレックスの監禁される様子があまりに狂気に満ちた映像として脳裏に焼き付き、そして中盤からはその狂気があらぬ方向へ拡散していき飛んでもない展開になり、終盤では全く想像もしなかった狂気に満たされることに・・・・。

おまえが死ぬのを見たい――男はそう言って女を監禁した。

檻に幽閉され、衰弱した女は死を目前に脱出を図るが……。


ここまでは序章にすぎない。孤独な女の壮絶な秘密が明かされるや、物語は大逆転を繰り返し、慟哭と驚愕へと突進する。

「この作品を読み終えた人々は、プロットについて語る際に他の作品以上に慎重になる。それはネタバレを恐れてというよりも、自分が何かこれまでとは違う読書体験をしたと感じ、その体験の機会を他の読者から奪ってはならないと思うからのようだ」(「訳者あとがき」より)。

何が面白いのか

狂った世界に戦慄するホラー的サイコサスペンス

ジャンルはミステリなのかもうよくわかりませんが、サイコサスペンス、犯罪小説に近い分類なのでしょう。一般的な探偵小説を期待して読む作品でないのは間違いありません。もちろん、本作品に仕掛けられた複雑なトリックは推理し甲斐のあるものであることは間違いなく、そのトリックの推理と合わせてサイコで狂った展開を楽しんで読めればよいのだと思います。

この小説はあまり難しいことを考えずに、ただその流れに沿って恐怖を感じながらずんずんと突き進んでいく読み方がやはりお勧めです。

アレックスは何を考えていたのか、明かされるその事実

本作品の主人公は「アレックス」であり、アレックスが何を考え、何をしようとしているのかが、克明に描写されていきます。しかし読者はその真意をつかむことなく、物語は進んでいってしまいます。

なぜアレックスは行動するのか、色々な想像を膨らましつつ、そして狂っていくアレックスの姿に恐怖を覚えながら、ラストまで一気に読み切ってしまうことをお勧めします。

以下ネタバレ考察。必ず本を読んだ後にご覧ください。

【ネタバレあり】全体的な感想

おそろしい小説を読んでしまいました。こんなゾクゾクワクワクさせる小説もなかなかありません。最後までハラハラしながら、謎が謎を呼ぶ展開に止まることなく読み切ってしまいました。

第一部はアレックスが監禁され、ネズミと戯れながら脱出を図る展開が続くのですが、意外とこのパートに限り「展開がじれったい」「読み進めるのが退屈」という声があるようです。私的には全くそんなことは感じなかったのですが、一部の人にとっては結構しんどいパートだった模様です。

当初はカツラを購入するシーンなどがあることから、アレックスが実は男性だった、などの叙述トリックを用いた小説なのかと思っていました。もちろんそれは後半で明確に性別を示す情報が出てくるため、否定されるのですが、あれこれ推理しながら読んでいるとなかなか正体が見えずヘンテコなイメージを引きずりながら読み進めることとなってしまいました笑。

第二部。ここから物語が激変することになり、かなり衝撃というかワクワクさせる展開が続きましたね。道端でナンパしてきた男をホテルへ連れ込み殴打、そして硫酸流し込みで殺害。ホテル経営の夫人を殺害。国境を超えるトラックの運転手に声を掛け、そして殺害。もう狂いまくってます。非常勤看護師で働いていたアレックスは急にどうなってしまったのか、皆目見当も付かないこの展開に衝撃が続きます。この段階では、全くその行動の意図がわかりませんでしたね……。

そして、アレックスは国外逃亡をする準備をして、自殺をする。もう何が何だか……ただ、結末を知った状態で考えると、それ以外の理由はほぼなく非常に合理的な展開で話が進んでいることがわかります。

さて、第三部。真相解明パートです。兄のトマが訊問される展開になるのですが、全く真犯人らしくない言動が目立つこの展開。私は鈍感なもので、第三部の中盤に差し掛かるまでピンときていませんでした笑。やはり結論はこの極悪人の狂人トマに無実の罪を着せることがアレックスの目的だったことを最後まで読むことで読者は感じ取れたかと思います。いやはや、本当感嘆が漏れてしまう展開でした。すごかった。

いくつか些細な点として、私が声をつい出してしまったところが、オークションで売りさばいたモー・ヴェルーヴェンの自画像を誰かが買い戻してカミーユに贈っていたシーン。その誰かとは、実はあの超倹約家のアルマンだったことはもう感動でしたね笑。感動するようなシーンではないのかもしれませんが、チーム愛をそこに感じてしまい心が動かされてしまいました。

総じてとにかく狂った世界に満ちた展開が続き、最後までハラハラドキドキの大好きな作品となりました。グロ系描写が若干あるため、人を選びますが、ぜひダークな世界観が好きなミステリー好きには読んでほしい作品ですね。

【ネタバレあり】伏線と考察

恐怖の第一部。アレックスは無事に脱出ができるのか

アレックスが街でかつらを買うところから始まる本作品。正直、この序盤の展開から結末まで全く想定外の流れで話が進んでいったのが非常に印象的でしたね。

第一部は誘拐犯とそこから脱出を図るアレックスの姿が描かれます。もちろん、なぜ誘拐犯がアレックスを誘拐するのか、アレックスとの関係がアレックス視点の記憶から少しずつ明らかになっていきますが、全くこの段階では全貌が見えてきません。

また、本作の要である警察側の人間・カミーユの描写もされており、物語の土台が作られるフェーズになっていました。若干、この序盤の動きが少ない点について読むのがしんどかった、という意見があるようですが、私個人は気にならなかったですね。やはり展開がスローペースだったのは間違いないので、この後の展開がどうなっていくのか、準備をするフェーズのように感じていました。

狂気に駆り立てられた第二部。シリアルキラーとなったアレックス

やはり第二部からの展開は驚きの連続でしたね。命からがら逃げてきたアレックスが今度は次から次へと人を殺していくシリアルキラーとして描かれているのですから。

接点のない人間達を無作為に殺していくような様に戦慄を覚えながら狂気に満ちた殺人劇を味わうこととなりました。しかもその殺害方法がおそろしい!意識ある状態で喉に硫酸を流し込んで殺す極めて狂った殺害方法。読んでる方も頭がどうかなってしまうところなのですが、この殺害方法がすべて第三部につながっていることを考えると、もう色々すべて嫌な気分になります笑。

また、第二部の中で多くの人は
「アレックスは会うたびに人を殺していくことから快楽殺人者なのか?」
「アレックスは何か不都合な理由があって殺人を起こし国外へ逃亡しようとしているのか?」
など合理的な理由を見つけようとしながら読み進めていたのだと思います。しかしながら、第二部の後半では全く意図しない行動にさらに混乱させられることとなります。

ぐずぐずしてはいられないので、速そうな車を探した。そしてナンバーがオー=ド=セーヌ県内のものを。それなら確実にパリまで戻れる。アレックスは車のメーカーだの車種だのには詳しくないが、これなら間違いなく速いだろうと思える車を見つけ、持ち主が戻ってくるのを待った。するとやってきたのは若い女だった。細身で、優雅で、褐色の髪の三十くらいの女で、不愉快になるほど金のにおいがする。女は満面の笑みを浮かべ、即座にいいわよと言った。アレックスが後部座席にリュックを投げ入れて助手席に座ったときには、女はもうハンドルを握っていた。

「出していいかしら?」

アレックスは微笑んで手を差し出した。

「わたしはアレックス」

『その女アレックス』P.313

ここの文章は色々と頭が混乱しましたね。アレックスはちょうどボビーを殺害し、そのまま国外へ脱出するものと思っていました。しかし、ここでパリへ戻ろうとするアレックスが描かれます。もうこの段階で訳わかりません笑。

さらに、一番驚いたのが自分の名前を明かすこのセリフ「わたしはアレックス」。さっき初対面(のように見える)のボビーを残虐な殺し方で死に至らしめた際には偽名を使っていたのにこっちは本名を使っています。この金のにおいがする女も殺すのでしょうか、などと全く関係ない妄想をこのときはしていました…。

狂気を超える狂気が明かされる第三部。すべてがここで明かされる

本作品のすべての帰結。アレックスの復讐劇は第三部で完結し、その全貌を読者に表すこととなります。第三部でほぼ初登場のトマ・ヴァスール、アレックスの兄ですね。彼は、本作品の中で一瞬だけパスカル・トラリューの友人役で登場するシーンはありますが、その後基本物語の表には出てきませんでした。

そのアレックスの兄がただひたすらカミーユ達に訊問される第三部。恐ろしいですね。

兄から受けた狂気を超えた虐待、そこからのアレックスの復讐劇。そして、自分の死をもって完成する兄への復讐。

本当読んでいるときは手が震えて恐ろしかったですね。こんな恐怖と戦慄でゾクゾクさせられる小説は類を見ないなと感じました。

母の肖像画を買い戻したのは誰だったのか

もうね、ここの部分はちょっとした感動すら覚えてしまいましたね。ずっと序盤から布石として積み上げられてきて、本当ケチ臭いけど忠実なアルマン。そんな仲のいいチームで大団円を迎えても良かったのですが、こういう仕掛けがひとつあった事で登場人物への想いがグッと高まったと思います。

そしてアルマンのデスクの前に着くなり小切手を差し出した。

「ありがとう、アルマン。本当にうれしかった」

アルマンは驚いて口を開け、くわええいた爪楊枝を落とした。そして小切手を見て、少しむっとした口調で言った。

「いや、カミーユ、これはだめだ。あれは贈り物だから。贈り物なんだ」

カミーユはにやりと笑い、うなずき、小切手を引っ込めた。そして思わず小躍りした。

それからかばんのなかを探し、前からアルマンにやろうと思っていたあの母の肖像画のはがきサイズの複製を取り出し、差し出した。アルマンは受け取った。

「やあ、こりゃうれしいな。カミーユ、うれしいよ!」

アルマンは心から喜んでいた。

『その女アレックス』P.448

本当にこの作品の登場人物らは魅力的ですね。最後のエピソードや正義を重んじた結末は後味の悪さを少し緩和させてくれてよかったなと感じます。


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