今回は第13回メフィスト賞(1999年)を受賞した殊能将之氏の『ハサミ男』となります。メフィスト賞受賞作は色々賛否あるようなのですが、あまりにも過度な期待をするとガッカリしてしまうのかもしれません。ただ、このハサミ男は受賞にふさわしいパンチ力のある内容となっています。
目次
『ハサミ男』殊能将之
どんな作品か
本作は「メフィスト賞」(第13回・1999年)、「このミステリーがすごい!」(宝島社・1999年)第9位を獲得していること、また映画化もされており話題作であることは間違いありませんが、小説を読んだ際のインパクトの大きさは並々ならぬものがあり、読者の感想から人気が広がっていった作品でもあります。
ネタバレなしの範囲だと書ける情報は限られていますが、本作品はシリアルキラー視点で描かれる女子高生殺人事件を推理していく物語となります。
個人的にですが、名探偵が推理役ではなく、殺人鬼視点で話が進む点は好きですね。
舞台は2003年の東京。女子高生2人が同様の手口で殺害される事件が発生していた。2件とも被害者の喉にハサミが深く刺されていたことから、マスコミは犯人を「ハサミ男」と命名。ハサミ男は連続猟奇殺人犯として世間の耳目を集めていた。 一方、ハサミ男は3人目の犠牲者を選び出し、入念な調査を行っていた。しかしその調査の中で、自分の手口をそっくり真似て殺害された犠牲者の死体を見つけることとなる。先を越されてしまったハサミ男は、誰が殺害したのか、なぜ殺害したのかを知るため調査を開始するのだが・・・。
何が面白いのか
そもそも自分が何を読んでいたのかわからなくなる感覚
ここもネタバレなしでの記載内容となりますので、あまり多くは書けそうにありません。ですが、この作品を読んでいくとある瞬間に「今まで何を想像し何を頭の中に描いてきたのだろうか」と自問自答したくなるような一種の混乱状態に陥った方が多いのではないかと思います。
もちろんそれに当てはまらない人もいるのだと思いますが、この作品の衝撃度はなかなかのものだと思います。
読了後に読み返して改めて面白さを感じる
読んでいる最中は全く気付かないのですが、この作品はプロットや表現が本当よくできていると思いますね。結末を知ってから読み返すと、改めてそういう意味だったのか、と感じる部分は多数あり、二度読める作品となっています。このあたりもお勧めしたいポイントです。
以下ネタバレ考察。必ず本を読んだ後にご覧ください。
【ネタバレあり】全体的な感想
おそらく色々な感想あるのだと思いますが、やはりハサミ男=男性と錯覚させる叙述トリックにはまんまとハマってしまい、終盤で発生した「どんでん返し」には面食らいましたね。本当すごい衝撃です。設定上、第一発見者と第二発見者の区別が不明瞭になって、そこから自然と誤解する展開になっている構成や表現は二度読んでみて改めて凄さがわかります。
いくつかのレビューを見ていると、(女性の容姿を評価した台詞について)「あの台詞は女性でないと不自然」等のコメント残していますが、さすがにそれは言い過ぎかなとも思うので、多分本作品を気に入らなかったんだろうなと思いました。逆に極端な男性言葉には二度目読んだ際も、「ちょっとこれは無理やりかな?」と私はそっちの方を感じましたけれど。
いずれにせよここまで見事なだましっぷりの作品はさすがだなと思います。しっかり残酷に第二発見者を殺すハサミ男の場面も期待通りの狂った感じで楽しめました。色々な人にお勧めしたくなる作品です。
【ネタバレあり】伏線と考察
見事な叙述トリック
犯人が「女性」だったことを指し示すヒントはいくつかあった・・・というよりも、可能性として女性を否定する要素は少なかった、という状況なのかなと私個人は思います。必然的に、男性口調である点や「ハサミ男」という名前のイメージから男性的な印象を読者が勝手に抱くことを想定した上で、プロットが構成されているため、なかなか気づくのは難しいかなと感じます。
葬式の場面では、安永(ハサミ男)・日高(第二発見者)・磯部(警察)の三者が同じ場にいるのですが、
・磯部のエピソード → 磯部視点による日高の印象
が描かれており、安永(ハサミ男)と混同するような仕掛けとなっています。
また、第一発見者・第二発見者への個別で行った事情聴取では、
・磯部のエピソード → 日高を事情聴取する様子
・安永のエピソード → 磯部達から事情聴取される様子
が描写されており、やはりここでも安永と日高を混同するような仕掛けがなされています。
そして、このやり取りのミスマッチはラストの病院で磯部が安永の見舞いに来るシーンでも表れており、以下のような表現がされています。
クリスマスまでに退院できたら一緒に食事をしませんか、とはとうとう言えなかった。だが、これから機会はまだあるさ、と磯部は思った。
ハサミ男 P.496
安永知夏の見舞い後の磯部の心の中は、何か今後チャンスが掴めそうな印象を得ていたようです。少なくとも毛嫌いされているわけではない、という実感だったのでしょう。一方で、安永知夏の印象は以下でした。
イソベとかいう刑事はやっと帰っていった。
窓際に立っていた医師となにやら会話していたが、こみ入った、ややこしい話だったので、わたしはほとんど聞いていなかった。ただ、話のあいだ、イソベがずっとわたしの顔を見つめているのが、じつに不愉快だった。
ハサミ男 P.497
イソベが話していたのはそもそも知夏の中の多重人格者である医者の方。知夏本人の印象はすこぶる悪かった模様です。連続殺人鬼が美人というのもなかなかクセのある話ですね笑。
最後に少女の名前を聞く
とても頭のよさそうな子だった。
「きみ、名前はなんていうの?」
と、わたしは訊ねた。
ハサミ男 P.502
個人的に好きなラストシーン。新たな狂気が目覚めた瞬間ですね。こういう終わり方も余韻があったすごく好きです。
樽宮由紀子の場合は最後までターゲットと面識はなかったですが、その前の二人についてはどうだったのでしょうか。当初の印象では、殺すその瞬間まで直接会話することはなかったのかなと想像していましたが、ラストシーンを見ると決してそういうこだわりがあったわけではないようにも感じます。
また、ターゲットとする相手は単純な学力で判断しているわけでもない模様。やはり雰囲気などが決め手だったのでしょうか。シリアルキラーの考えは理解できない部分が多いものの、気になるところです。