普段は旅行関連の宿泊記などを投稿しているこのサイトですが、最近はコロナの行動制約もあり、旅行ではなく読書に空いた時間を使うようになりました。2022年8月現在、行動制限は緩和されて旅行もしやすい環境下になりつつありますが、我が家はまだインドアで過ごす時間が多い傾向です。そのため、そのインドア期間中に読んだ本・・・といっても以前から読書してきた本はそれなりにあるので、私の個人的に好きなジャンル、つまりはミステリー小説についていくつか紹介したいと思います。今回紹介する作品は、傑作中の傑作と言ってよいこちらの本です。
目次
『そして誰もいなくなった』アガサ・クリスティ
どんな作品か
1939年に刊行された長編推理小説『そして誰もいなくなった』。アガサ・クリスティの代表作として挙げられるこの作品ですが、世界的に見ても極めて高い評価を受けています。
- 『史上最高の推理小説100冊』(英国推理作家協会・1990年) 19位
- 『史上最高のミステリー小説100冊』(アメリカ探偵作家クラブ・1995年)本格推理もの:1位、総合:10位
- 『海外ミステリー・ベストテン』(週刊読売・1975年)』 2位
- 『東西ミステリーベスト100』(週刊文春・1985年) 4位
- 『海外ミステリー・ベストテン』(EQ・1999年) 3位
- 『海外ミステリー・ベストテン』(ジャーロ・2005年) 3位
- 『オールタイムベスト』(ミステリ・マガジン・2006年) 3位
- 『ミステリが読みたい!』(海外ミステリオールタイム・ベスト100 for ビギナーズ・2010年) 1位
- 『東西ミステリーベスト100』(週刊文春・2012年) 1位
- 『作者ベストテン(日本全国のクリスティ・ファン80余名による投票)』(1971年) 1位
- 『作者ベストテン(日本クリスティ・ファンクラブ員の投票)』(1982年) 1位
- 『Nine Great Christie Novels』(Entertainment Weekly・2014年)
- ジュリアン・シモンズが推賞する5作のうちの1つとして選出
- クリスティ自身が選出したお気に入り作品10作のうちの1つ
ミステリー好きなら絶対に読んでおくべき作品であることは間違いありません。タイトルですでにネタバレしていますが、ハラハラドキドキの緊迫感を味わえつつ、重厚な推理小説としても満足できる傑作中の傑作です。
オーエン夫妻と名乗る人物の招待によりとある孤島へ男女10人が集められ、週末を過ごすこととなる。 最初の夜、どこからともなく録音の声が流れ、そこに集まった人々が過去において殺人を犯したと糾弾し、彼らが殺した犠牲者の名まで読み上げられる。 気味が悪いと感じた彼らは、孤島を脱出しようと試みるが、船はやって来ず、完全に孤島に閉じ込められてしまう。 テーブルに置かれた10体の陶器の人形は、殺人が起こるたびにひとつまたひとつと消えていく。 彼らは、自分たち10人のなかに殺人鬼がいると考え、互いに疑心暗鬼になり、時間が過ぎ去っていく。 そんな謎が解けないなかでも、殺人は続き、ひとりまたひとりと殺されていく・・・。
何が面白いのか
この作品は全体の完成度を含め面白い要素が多くありますが、代表的なものを列挙しておきます。
クローズドサークル
ミステリー小説の中の細かい1ジャンルとして「クローズドサークル」というものがあります。
クローズド・サークル(closed circle)とは、ミステリ用語としては、何らかの事情で外界との往来が断たれた状況、あるいはそうした状況下でおこる事件を扱った作品を指す。
ウィキペディア
クローズドサークルの元祖はこの「そして誰もいなくなった」ではないのですが、クローズドサークルの代表作品として名が挙がる作品として位置づけられています。
絶海の孤島に閉じこめられた招待客、正体不明の殺人鬼、逃げ場のない緊張感、証拠が見つからない謎が謎を呼ぶ展開にハラハラドキドキする読者は多いかと思います。そんな恐怖と緊張感と謎めく事件の推理を楽しめる作品です。
次々と殺されていく招待客、そして犯人は誰なのか
ミステリー小説の楽しみ方は人それぞれなので必ずしも万人的な読み方があるわけではないのですが、私はやはり殺人が起きた際の緊張感やその後の次々と殺されていく招待客と残された者達の狂いそうな感覚がたまらなく好きだったりします。
読者は犯人が誰なのか推理しながら読み進めることとなりますが、殺人が起こるたびに、ことごとく外れていく展開にゾクゾクしていくかもしれません。招待客の中に犯人がいるのか、外部の犯行なのか、自殺に見せかけたトリックなのか、何か時間差のカラクリでもあるのか、etc・・・といろんな推理で犯人像を考えながら読み進める楽しみがこの本には詰まっているかと思います。
衝撃の結末
この作品は1939年に刊行された作品であり、今から100年前と言ってしまうと若干大げさなのですが、80年前に書かれた作品でそれが現代も読まれ続けているミステリー作品という点が本当すごいと言えます。当時はとんでもない衝撃だったのかもしれませんが、今でもその結末の衝撃は色あせることなく、強い存在感を残しているのではないでしょうか。
こればっかしはちゃんと最初から最後まで読んだ人にしかわからない部分かと思います。あらすじサイトで流し読んでしまったら本当もったいないレベルの作品ですので、必ず最初からしっかり読んで犯人は誰なのか考えながら最後の結末を迎えることがこの作品を一番に楽しめる読み方だと思います。
以下ネタバレ考察。必ず本を読んだ後にご覧ください。
一部、私自身うまく解釈できなかったものや、作者が意図していないで書いた表現なども多分にありますので、それを踏まえてご覧ください。
【ネタバレあり】全体的な感想
私はこの本を読む前に、この本のオマージュである『十角館の殺人』(綾辻行人)や『アリスミラー城殺人事件』(北山猛邦)を読んでいたんですよね。なので、大体の予想はできており、最後全員死亡する展開(これはタイトルの段階でバレていますが笑)も「あーこれは犯人は残ったアイツかアイツかなぁ。でも辻褄合わせるとちょっとうまく合わないからどういうカラクリなんだろうなぁ」と色々推理しながら読み進めていきました。最終的に犯人は当てられなかったのですが、めちゃくちゃ面白かったですね。これが約80年前の作品かと思うと恐ろしささえ感じます。
トリックのあれこれや一人ずつ殺害されていく緊迫感もあって、中盤から後半にかけては200ページほど一気に読み切ってしまいました。全体的にミスリードが散りばめられている中で重要な伏線が埋もれており、ミステリー好きなら必ず読むべき一冊と呼ばれるだけありますね。
粗探しをすればチラホラ疑問に浮かぶ設定などあるのは仕方ありませんが、時代が異なることも含めて、それを楽しむ小説なのだと思います。とはいえそういう粗があったとしても、現代の作品と比較しても完成度は極めて高いと感じます。
まだ読んでいない人にはぜひ読んでほしい一冊ですね。
【ネタバレあり】伏線と考察
招待客男女10人を孤島に集めた理由、そして犯人の正体
この作品の道徳的テーマともなりますが、本事件の犯人であるウォーグレイブ判事の手記にある通り、法律では裁けない罪人を裁くことが主たる目的となっていますが、一方で「私は自分の手で人を殺したくなったのだ」とも書かれています。
一般人にその動機を理解できるのかは怪しい部分もありますが、時代背景が異なること、またシリアルキラーとしての殺人への衝動を踏まえると、狂気に駆られた犯人像がこの作品の衝撃度を高めていると感じます。
執事の妻・エセルはなぜあんなにもびくびくしていたのか
執事の妻・エセルは殺人が発生する前、もっと言うと拡声器による過去の罪状が公表される以前から、びくびくしていた様子が描かれています。正直なぜその段階からエセルがびくびくしていたのか、はっきりとした理由はわかりませんでしたが、最も想像付く理由として”拡声器による告発内容を何かの拍子に聞いてしまった”のではないかと考えています。
ただし、本文中にそういった記述はないので、あくまで前後の流れを踏まえた推測となります。
当初は執事のロジャーと共犯で殺人が実行されるのかと予想しましたが、すぐにそれは違うことがわかりました(エセルは2番目の被害者)。
マーストンはどのように殺されたのか
ウォーグレイブの手記の中でマーストンの殺害方法について以下のように記述されていました。
レコード がかけられたあとの騒ぎの間に、それをマーストンの空のグラスにそっと入れるのは、難しいことではない。
「そして誰もいなくなった」P.297
マッカーサー将軍「エミリーブレントはトムブレントの姪」
当初この発言は、何か重要なヒントになると勘ぐってしまったのですが、最終的には特に物語のキーになる要素ではなかったようです。血縁関係があると何かそこに事件性があるのではないか、と考えてしまいましたが、違ったようです。
マッカーサー将軍「なごやかな音だな」
これも真意はわかりかねた発言でした。実際の記述は、
開けたままの窓から、岩に当たって砕ける波の音が、入ってくる――音は前より少し大きくなっていた。風も、出てきたようだ。
将軍は思った。〝なごやかな音だな。平和な場所だ……〟
彼は思った。〝島のいいところは、いったんそこに行き着けば――それ以上先に行けないことだな……そこで行きどまり、おしまいだ……〟
「そして誰もいなくなった」P.95
とあり、嵐の予感を感じるシーンとなっています。ですが、本人は過去の過ちにより自分の死を覚悟していたため、このような発言をしたのかもしれません。ちょっとこのへんの解釈は自信ないのでわかる方いれば教えてください。
また、別のシーンでマッカーサー将軍の発言についてブロアが述べています。
「将軍はなんて言ったんだい」と、ロンバードが好奇心を見せてきいた。
ブロアは肩をすくめた。
「時間がもうないとか、邪魔されたくないとか」
アームストロング医師が眉根をよせて、つぶやいた。
「あるいは、もしかして・・・」
「そして誰もいなくなった」P.133
これは自分が殺されるまでの時間がほとんど残っていないからを指しているのかと推察しましたが、ちょっと判断難しいところです。
別のシーンでヴェラとマッカーサーが会話した後で将軍がこうつぶやいています。
マッカーサー将軍は、また海に視線をもどした。ヴェラが後ろにいることは、もう頭にないようだった。
将軍は小声でそっとつぶやいた。
「レズリー、お前か・・・?」
「そして誰もいなくなった」P.139
と。ややこの発言も何とも言い難いものがあります。結論として、これらの発言は事件とは関係なかったこととなります。
ロンバードの崖の捜索
ものすごく怪しい展開だったロンバードの崖の捜索シーン。ロンバード自身がかなり怪しい人物ということもあり、物語全体としても何かあるのでは?と疑心暗鬼になって読んでいてのこのシーン。何かあると思ってしまいました。
特に、崖を捜索している際に以下の記述があります。
突然、ロープがグイと引っ張られた。しばらく二人は話どころではなかった。やがてロープがゆるむと、ブロアが言った。
「そして誰もいなくなった」P.142
ここでロンバードが何か企みをしたのではないかと勘繰ってしまいましたが、事件とは関係なかったようです。
なぜロンバードはピストルを持っているのか
ウォーグレイブの手記までずっと謎となっていた点として、なぜロンバードはピストルを持ってきたのか、が挙げられるかと思います、これは手記にて以下のように記載されていました。
実はモリスに、ロンバードと会ったときにピストルを持参するように言えと、指示しておいたのだ。
「そして誰もいなくなった」P.299
ロジャーズがしのび足で部屋の移動をした理由
これも怪しんでしまったところですが、3人(ロンバード、ブロア、アームストロング)による島の捜索後、各部屋の捜索も行われたシーンで使用人の部屋から移動するロジャーズの描写があります。このとき、ロジャーズは「そっとしのび足で歩く」とあり、音を立てないように行動していたことがわかります。
そのときだった。立っている三人の頭上で音がした。そっとしのび足で歩く、かすかな足音。
その音を、三人がそろって聞いた。アームストロングがブロアの腕をつかんだ。ロンバードが指を一本立てた。
「シーッーー静かに」
また聞こえたーー誰かが頭の上をこっそり、足音をしのばせて動いている。
「そして誰もいなくなった」P.144
ただ、これは犯人がどうこうというよりも執事として大きな音を立てないように注意して行動していた、という意味なのだったと思います。物語全般を通じて怪しいところが多すぎですね笑。
フレッドナラコットが来ない理由
フレッドナラコット(船頭)を含め、村の人間にはモリスから島で一週間ほどの実験をするため、SOSがあったとしても船を寄こさなくてよい旨を伝達されていました。そのため、彼ら10人が島へ到着した翌日になっても船は現れず彼らは孤島に残されることとなりました。
やや別の角度から見ると、こういった理由で一週間島に放置する予定だった場合、次に島へ船を出す日時をその場で確認するのではないか、と感じてしまいます。たまたまフレッドナラコットが確認を怠ったのか、よっぽどモリスと綿密な確認を裏でしており、船で移動する際はそこを省略することもできたのかは定かではありません。
消えた浴室のカーテン、ブレントの毛玉
物語中盤で浴室のカーテンが消えます。また、同時期にブレントが持っていた毛玉もどこかへなくなってしまいます。この消失したカーテンと毛玉は、のちにウォーグレイブ殺害時(演出)での死体への変装で用いられました。ウォーグレイブの演出は、アームストロング医師との共謀で行ったもので、おそらくいずれもどちらかがタイミングを見てカーテンと毛玉を盗みどこかへ隠していたのでしょう。
ロンバードが所持していたピストルが盗まれる
物語中盤~後半でロンバードが所持していたピストルが盗まれることとなります。一時消失していたピストルは、いつのまにかロンバードの部屋の引き出しに戻されており、それを発見したロンバードはじっとそれを見つめる描写が描かれています。おそらくこの場面、ロンバードの頭の中はパニックに陥ったのではないでしょうか。
このピストルの消失と返却の一連のしわざはもちろんウォーグレイブ判事の仕業であることが最後の手記で明かされます。持ち物検査時に見つからなかったのは、ピストルを未開封のビスケットの缶(開封後に再度未開封ラベルを貼付けて偽装)に隠していたとのことでした。
ウォーグレイブの犯行計画全体を考えると、ピストルをロンバードに戻す必要があったのかはやや疑問が残りますが、詩の見立て、また閉鎖空間に残された生存者2人の最後の行動を見届ける意味で、犯行の不確実性を高めるデメリットはあるもののピストルを戻したということか、と考えています。厳密に考えると、犯行の不確実性が見え隠れしており、その部分は時代の違いも勘案してやや甘めに見た方がいいのかなとも思いました。
ヴェラの部屋の天井の大きな黒いフック
物語後半でヴェラの部屋に海藻のいたずらがされる場面で、部屋の天井に大きな黒いフックがあることが描写されています。この大きな黒いフックは最後、ヴェラの自殺に用いられることとなりました。
ブロアが聞いた”ヒソヒソとささやく声”
ウォーグレイブ判事の殺害演出の後に、早朝のタイミングでブロアは部屋の外から物音を聞きます。”ヒソヒソとささやく声”が聞こえ、それは後に、共謀したウォーグレイブとアームストロング(この後にアームストロングはウォーグレイブに殺害されます)が会話する声であることがおおよそわかります。
”ヒソヒソとささやく声”以外に、”ぴしっと何かが割れる音”と”さやさやとこすれる音”も聞こえる描写がされていますが、厳密にどういった行動だったのか、ただの木々の葉がこすれる音だったのかはよくわからず・・・。
ヴェラが聞いたガラスが割れる音
ブロア殺害時にヴェラは遠くでガラスが割れる音を聞きます。これはダイニングルームの窓ガラスを割ったウォーグレイブ判事の仕業であることがその後の手記でわかることとなります。
ちなみにこれ、ダイニングルームの窓ガラスを中から割る必要が本当にあったのかな?とも思うのですが、ヴェラ達に何かがあった事を伝える意味があった程度であれば、別の手段の方がよかったような・・・。