退職給付会計にもマイナス金利の余波が…

退職給付会計では退職給付債務と年金資産の差額を退職給付に係る負債(個別財務諸表上では退職給付引当金)として貸借対照表に計上する。退職給付債務の計算基礎の中には、割引率と呼ばれる債券のイールドカーブによって決定される率が存在する。

退職給付会計基準上、割引率は「安全性の高い債券の利回り」を基礎とすることが明記されており、退職給付に係る実務基準ガイダンスでは、「安全性の高い債券」とは国債、政府機関債、複数の格付け機関によるダブルA格相当以上の優良社債が該当する旨、書かれている。

今年2月に国債の長期金利がマイナスを観測したことで、国債のイールドカーブも期間10年以下についてはマイナスとなった。そのため、割引率としてマイナスを用いることやゼロ補正が認められるのかといった点が関係者間ではザワつく話題となっていた。

これまでの経緯

実務上、割引率は国債または優良社債のイールドカーブを元に決定されており、2年前まではどちらのイールドカーブにおいてもマイナスを観測することはなかった。マイナスの利回りが出だしたのは、2014年後半になってからのこと。国債の短期の利回りがマイナスとなりどう実務上取り扱うべきか水面下で話題にはなったが、短い期間であることマイナスの幅が非常に狭いことなどから大きく問題視されることはなかった。そのため、特にオフィシャルなアナウンスもなく、実務上も0%とみなすケースも多かったように思われる。

(そもそも重要性基準を適用している会社においては、2013年の金利急落時に割引率を見直していたこともあり、改めて割引率を取り直す必要性があったケースは少なかったようにも思える)
 
なお、イールドカーブは、債券ユニバースの取り方や推計方法により多少変動するため、ある程度の許容は致し方ないという考えも一部あるのだろう。

マイナスでいいの?ゼロでもいいの?

2016年1月末の日銀マイナス金利導入により国債の利回りは大きく下がり、2月には長期利回りまでもがマイナスを観測する事態となった。実務の現場においても、退職給付債務の計算にマイナスを用いることがMustなのか?Shouldなのか議論されはじめ、会計士や各計算受託機関の年金数理人に問い合わせが多く発生したと聞いている。年金数理人は「貴社のご担当会計士にご確認ください」を連呼し、会計士は「そもそもこういうときどうなるんですか?」と本部に問い合わせをし、「3月末までに金利が上がればいいんですけどね」と皆が口を揃えていったものの相変わらず金利はマイナスとゼロを行ったり来たり。
いろいろと議論が熱くなったところで、(2016年)3月9日に実施された企業会計基準委員会でASBJの見解が示される。そこでも賛否はあるようで、その内容について簡単にまとめてみた。

<ゼロ補正を認めるべきでないという意見>
・期末における市場利回りを基礎として決定されるべき
・割引率は基本的に貨幣の時間価値を反映するものであるため、プラスとマイナスで区別する理由がない
・期末において支給すべき金額以上の額を退職給付債務として測定されることもある
・適用指針では割引率は「退職給付支払ごとの支払見込期間を反映するもの」とされているため、マイナス部分のみをゼロ補正することに合理性がない
・年金資産の評価額は、マイナス金利の影響が反映されると考えられるため、(ゼロ補正をすると)資産と負債の測定について整合しなくなる可能性がある

<ゼロ補正を認めるべきという意見>
・年金資産運用で、現金保有または利回りがプラスの他の金融資産で運用となる可能性があるため、企業が従業員に支給する退職給付の額以上の債務を認識する必要はない
・将来キャッシュ・フローを「割り引く」計算において、マイナスの利回りを用いる
と「割り増す」こととなり、直観に反して違和感がある
・システム上、マイナス利回りの割引率を用いて退職給付債務を計算するように設計されていない可能性がある

(ASBJ第332回企業会計基準委員会議事概要より筆者作成)

それ以外の考え方でもマイナス金利を計算に用いるべきでないという意見として、国債を割引率として用いる前提条件が崩れているとの点プラスとマイナス金利では非対称的である点を指摘する声もある。

参考:マイナス金利を計算で使うべきでない(早稲田大学辻山教授)

結論はマイナスの割引率を使用する。平成28年3月期に限りゼロ下限でも可。

結論はマイナスの割引率を使用とのことだが、平成28年3月期に限りゼロ下限でもよいとなったようだ。実務上、ゼロを下限とした割引率を用いて決算準備作業をすでに進めている企業がある可能性があり、システム対応ができていないという懸念もあるため、当期末の決算についてはこうした企業に配慮すべきとの要請があったらしい。

国際的なルールでは前例なしとのこと

マイナス金利はすでにドイツ、スイス、スウェーデンでも観測されている。ただ、国際的な会計基準上でどう取り扱うべきかは不明な点もあり、その点もうやむやな結論になった理由の一つだろう。IFRSでは、社債の債券利回りを元に決定されるため、国債のマイナス利回りで直接的な議論が過熱しないのも要因かもしれない(根本的にマイナス金利となる国がまだ少ないのも要因?)。

金融政策に踊らされる会計基準もどうなのかと思うが

退職給付会計の割引率は、本来満期まで保有する目的でもつ割引債の利回り(スポットレート)の集合であるイールドカーブを元に決定されることとされている。しかし、満期保有目的の取引は相対的に少なく債券価格の上昇による運用目的での取引あって、金融政策の余波が現れているに過ぎないと感じる。

退職給付債務の測定自体は本来的なリスクフリーレート(国債利回りも立派なリスクフリーレートだが)を用いてされるのは当然として、こういった金融政策に揺り動かされるものが適切なのかどうかは疑問が残るが、いい代替案も思いつかないのでやむを得ないのかなとも思う。

ASBJのどっちもOKという結論は、そもそも注記にはどう開示されてくるのだろうか。今年、ゼロ補正をした場合、来年からはやっぱりマイナスですというような異なる評価方法をしろということなのだろうか。会計情報としての継続性や比較可能性を考えると、来年以降も余波を残すような気がしてならない。

<ご参考>
第332回企業会計基準委員会

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